第9話



 “世界でいちばん、速いストレートを投げたい”



 彼女が口にしていた、子供の頃の夢。


 誰よりも速い球を投げたいと夢見るその言葉を、彼女はいつも抱きしめていた。


 ばかばかしいと思ったんだ。


 最初は。


 女の子が野球をしてるっていうだけで違和感なのに、——誰よりも?


 帽子を後ろ向きに被り、ほっぺにはバンソウコウ。


 真夏の日差しを浴びたグローブは、すっかり色褪せていた。


 蝉時雨が空から一斉に降ってきていた。


 ポカリスエットのペットボトルが、砂浜の上で汗をかいて。



 耳をすませば、いつも聴こえていた。


 囁くように優しい海風と、昼下がりの穏やかな陽射し。


 さやさやと響く波の音が、山陽本線に流れる電車のそばで揺らめいていた。


 野球になんて興味はなかった。


 するつもりもなかった。


 だけど、そんな僕に構う素振りもなく、彼女は近づいてきた。


 ニカッと笑って、キャッチボールの相手に指名してきた。


 『一緒に野球しよう』


 それが、僕と彼女を結ぶ最初の“言葉”だった。


 幼い記憶の底に残る、彼女との“出会い”だった。

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