第21話


 おもちゃを買ってもらった子供のようだった。


 まるで、初めて外の光に触れた時のように、目を輝かせていた。


 体を大にして、真っ青な海の上に漂う瑞々しい空気を受け止めていた。


 連なる六甲山地と、海岸線に建ち並ぶガントリークレーン。


 港には、工業地帯の背の低い建物と、カラフルなコンテナが溢れかえっていた。


 六甲連山がそのまま大阪湾へ落ち込む急峻な地形。


 ビル群の真上を通過していくひつじ雲が、傾斜する太陽の光をなぞりながら、騒がしい街中を散策するようにぷかぷかと浮かんでいた。

 


 目の前にある世界が、すでに存在していないことは理解していた。


 E・ゾーンの中にあるものは全て、“世界の記憶”に過ぎない。


 そこに実体はなく、確かな「形」も存在しない。


 かつて存在していた地上は、すでに跡形もなく消え去っている。



 ジャイアント・インパクト(隕石衝突の日)。



 運命の日と呼ばれた、あの日。


 ナギサはわかっていた。


 今では、神戸市街地の残骸でさえ見ることはできない。


 今から自分が行く場所が、この世界の「追憶」でしかないということ。


 残響でしかないということ。


 それでも、そこにある全てのものが、かつて“存在していた”ものであるということを知っていた。


 例えそれが、記憶の断片に眠る世界の姿だったとしても、いつかの「日々」が、“そこにあった”ということを知っていた。



 大空を滑空する。


 澄んだ空気が、対流圏の中を駆け巡っている。


 まるで翼が生えたような気分だった。


 すれ違っていく風の匂いは、景色が続く限りに染み渡っていた。


 透き通った日の光が、世界の端々にぶつかっていく。


 

 須磨の浜辺。


 海岸線沿いの電車。



 彼女は思い出すように、神戸港の沿岸を見た。


 あの場所に、「彼」がいる。


 彼とは、今回の任務対象である“木崎亮平”のことだ。


 彼は今、17歳だ。


 神戸高校の生徒で、硬式野球部のキャプテン。


 高校3年の春だった。


 データベース上では、そう記載されていた。


 

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