第27話



 須磨海岸の浜辺。



 あそこに、彼がいる。


 夏の終わりに誓った約束。


 その「約束」を叶えるために、瀬戸内海の海辺に立っている。



 ナギサは高度数百mの付近で、ジェットパックと呼ばれる飛行用の翼を開いた。


 近づいていく神戸市内の上空で、ありありと浮かび上がる市街地の輪郭が、高層ビル群の列の峰に垣間見えた。


 海峡を抜けていく貿易船の汽笛が、地鳴りのような低い声を鳴らしている。


 桜街道の並木。


 4月の始まりに吹く、春のそよ風。



 特殊スーツに装着された“光学迷彩”を起動させ、全身を透明に変化させながら、須磨駅の屋根の上に着陸した。


 線路を通過していく阪神線の電車が、ガタンゴトンと近づいてきた。


 街の人々の行き交う音が、交差点の真上に響いていた。


 パッパーと響く車のクラクションと、雑踏。


 駅前の古い看板。


 赤いポスト。


 


 さざめく波の音が、背後に聴こえた。


 ナギサにとって、目の前にある風景は“非日常的”な光景だった。


 駅舎をくぐっていくスーツ姿のサラリーマンも、ランドセルを背負う小学生も。


 停留所に停まる緑色のバスが、プシューッと大きく息を吐いて出発していた。


 古い商店が建ち並ぶ通りを、朝の忙しさが渡っていく。


 カモメが止まる電線の向こうに、段々と重なるビルの輪郭。


 

 人。


 街。


 空の色。


 ハナミズキ。



 海が息を吸っている。


 波の音が聴こえる。



 ナギサはおでこに手を翳し、わぁと声を出しながら、通り抜ける風の匂いを全身で吸った。


 目に留まる全ての景色が、眩しくて仕方なかった。


 全部の色が輝いていた。


 全部の匂いが瑞々しかった。


 線路沿いに傾く街の影を、晴れ渡る空模様の下に眺めていた。


 地面を歩いていく足音を聞いていた。


 耳を澄ませば、ひこうき雲が、クレヨンを引くように線を描いていた。


 朝露の蕾をつける街路樹が、陽の当たる道の静けさを、——運んで。

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