第2話



 「私と出会った日のこと、覚えとる?」


 「…ああ」


 「確か、雨が降っとったよね。空は暗くて、びゅうびゅう風が吹いてて」


 「そうやったな」


 「あの日私は、雨が止むのを待ってた。待ちきれなくてな?無性に走りたい気がしたんや。丘の坂道を下りながら、そう思った。足を動かしたいと思った」



 彼女の言葉は弱々しくて、それでいてどこか、明るかった。


 あの日は「雨」が降っていた。


 雲行きは怪しくて、空はどこまでも灰色で、——何かが、遠ざかっていく気がして。


 友達と喧嘩した日。


 学校を抜け出して、家に帰ろうとしていた矢先だった。


 傘も差さずに空を見上げている女の子がいた。


 彼女だった。



 「つい最近のことのように感じるわ。もう20年も経つんやな…」


 「そうやな」


 「あの頃、あんたは泣き虫やったよな?喧嘩は弱いし、すーぐおばさんに泣きつくし」


 「昔のことやろ」


 「今だってそうやん?」


 「は?どこが?」


 「この前泣いとったやろ?私の目は誤魔化せんで」


 「…気のせいや」



 彼女は昔から変わってない。


 バカみたいに真っ直ぐで、男みたいにあっさりしてて。


 グローブとボールを持ってる女の子なんて、身近にはいなかった。


 「プロ野球選手になる!」


 なんて、そんな夢みたいな話を、恥ずかしがる様子もなく話す姿は、僕には不思議以外の何物でもなかった。


 なれるはずがないと思ったんだ。


 それはきっと、誰もがそう思うんじゃないかと思う。


 別に変な意味じゃなくて、単純な話。

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