第25話


 ボールを追いかける。


 そんな彼女の後ろ姿を、ずっと見てきた。


 一年経っても、二年経っても、彼女は変わらずに「夢」を追いかけていた。


 ある日の試合だった。


 大きく振りかぶるオーソドックスなフォーム。


 サイレンが鳴り響くグラウンドの中心で、プレイボールの合図が鳴った。


 センター後方のスコアボードと、時計台。


 そよ風に靡くフェンス沿いの木々が、声を殺したようにパタリと静まり返っていた。


 踏み込んだ右足から、下半身がスライドしていく。


 ホームベースと軸足を結んだ直線上には、アンダーソックスの下に伸びるスパイクの影。


 勢いよく舞い上がった土。


 その瞬間だった。


 前に突き出した左手のグローブが、空気を切り裂いたように回転した。


 鞭のようにしなった右腕が、回転する上半身の後ろからヌッと顔を出して、飛び上がったように鋭い放物線を描いた。


 指先から放たれた白球が、地面のいちばん低いところを走っていく。


 華奢な女の子の体躯から繰り出されたボールが、ぐんぐんキャッチャーミットに向かって伸びていく。


 バチィン!という音が、グラウンド全体に響いた。


 白い糸を引いたような綺麗なストレートが、少年の瞳の中に焼き付いていた。



 地面すれすれをスライドしていった左足は、マウンドの土をがっしり掴んでいた。


 深く沈んでいった重心が、前進するステップの跳躍を運んでいた。


 勢いのあまり、ふわっと帽子が持ち上がる。


 膝と土が擦れる音。


 はためくストライプのユニフォーム。



 目を離せなかった。


 小さい体を目一杯使って、力強いストレートを投げ込んでいた。


 信じられなかった。


 バッターボックスに立つ上級生は、彼女よりも一回り以上大きい。


 それなのに、彼女は物怖じさえせず、マウンドの上でニカッと歯を見せていた。


 振り抜いた腕と、額に流れる汗と。


 彼は思った。


 言葉なんかじゃない、何か。

 

 彼女の投げた球は、“ストレート”は、彼の日常の風景を揺り動かすには、十分すぎるほどの威力を持っていた。


 それまでの人生の全てを否定されたような気分だった。


 瞬きをするのも忘れていた。


 空いた口が塞がらなかった。


 その時からだ。



 彼女のようになりたい。



 と、思うようになったのは。


 

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