第15話
雲。
真っ青な世界の“下側”には、巨大な雲の層が連なっていた。
山のように聳え立つ雲は、空間の端々に渦高くせり上がり、この世のものとは思えないほどの質量を膨らませていた。
彼女は“落下”していた。
それが重力の影響かどうかは定かではないにしろ、時間の経過とともに景色は変化していき、空間を泳ぐ魚が無数の行列をなして彼女のそばを通過していった。
魚の群勢は、どこに行くともなく自由な行路をたどっていた。
透き通った体は、水でできているとは思えないほどに“厚く”、それでいて鮮やかだった。
パチパチッと弾ける水の雫が、彼女の頬を伝っていく。
シャボン玉のようにふわふわと宙に舞いながら、キラキラとさざめく光の粒を掬っていた。
劈くような風切り音が、耳のそばを掠めていた。
広大な青が視界の片隅にぐるぐると回転しながら、重力の波が襞のように重なっていた。
雲で覆い尽くされた場所。
灰色に重なった地平線。
その「場所」は、地上からもっともかけ離れた“場所”だった。
かつて世界には空があった。
E・ゾーンに漂流する「風」は、かつて存在していた世界の断片が、無数の粒子となって飛び交うようになった流れ、——そのものだった。
雲は世界の「可能性」と呼ばれ、失われた時間が目には見えないほど小さく、バラバラになった姿だった。
ナギサは時の回廊の中央にいた。
そう。
ここは時間が交錯する場所で、“すでに存在していない”世界だ。
空間に浮遊する魚たちは、広大な宙(そら)を旅する飛翔体だった。
彼らには行き先がなく、また、「実体」もなかった。
ただ果てのない空間を彷徨い、無限に続く回廊を泳ぎ続けていた。
泥濘に沈んだ激しい時の流れと、波の中を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます