8話、変則的な難易度強化はやめてくれ

授業終了のチャイムが鳴ると同時にガラリと教室のドアが開いて二人の女子が現れる。


「邪魔すんぞー」

そちらに視線を向けてみると、入ってきたのは果彌と有達だった。


有達は果彌の親友とも言える存在であり、自身にとっても重要ともいえる存在ではあるのだが、正直に言えば少し苦手であった。


「お前までくるのは珍しいな」

互いになんとなく反りが合わないのはわかっているため果彌が自分に会いにくる際に有達までついてくるのは稀である。


「こいつがいつも以上に浮かれてボケまくってるから、こっちはどんな顔してるのか気になって見にきた」

どうやら、今朝からの彼女の不思議なテンションの高さは有達にとっても普通のものではないらしい。


「そうか」

普通ならここで会話を繋げるかもしれないが、有達との会話は一言で終わる。

いつも通りであった。


「相変わらず、愛想のカケラもないやつ」

いつもならば短い会話で終わっていたが、今日に限ってはそれで終わらずついでと言わんばかりの憎まれ口が出てきている。


どうやら随分と機嫌が悪いらしい。

そもそも彼女とは久しぶりに会った状態のため機嫌が悪い理由は十中八九で果彌関連だろう。


「他人のこと言える立場じゃないだろ……」

思わずツッコミを入れてしまうが、愛想という点で考えたら彼女も相当に悪い。


可愛い顔してその乱暴な言動は相変わらずであり、見た目のギャルギャルしい髪型や服装も相まって関わりたくないと思っている人は多そうである。


「は?喧嘩売ってんの?」

「いや、相変わらず可愛らしいのは外見だけで言動は乱暴なやつだと思っただけだ」

誤解がないように正直に考えていたことを口にする。

下手に隠して喧嘩になってしまうのはこちらとしてはメリットがない。


死の因果という極大な問題がある状況で別の火種を作りたくないというのも理由の一つである。


しかし、口調が乱暴なのはどうでいいが、何かとこっちに敵意を向けるのはどうにかしてほしい。

指摘したところで無駄なのでやめておくが、彼女の昔から変わらない当たりの強さは一体なんなのだろうか。


「うるさい死ね。

テメェはすぐそういうこと言うからタチ悪んだよ」

有達はわずかに恥ずかしそうに顔を逸らして舌打ちする。


先日死にかけたばかりのやつに死ねはちょっと酷くないかと思ったが、彼女の言動についてはいちいち気にしないのが長生きする秘訣だ。


そもそも、いつもながらこんな遊んでそうなギャルっぽい見た目の割には容姿を褒められ慣れていないことが不思議である。


異性に興味のない自分でもわかる程に彼女の容姿は優れているので、この程度の言葉はこれまでいくらでも言われてきただろうに、未だにこの初々しい反応が謎である。


「何見てんだよ」

「お前は一昔前のヤンキーかよ」


睨まれてはいるが、当たりが弱くなってきているのは容姿を褒められたからだろうか。

言葉には嘘はないが、喧嘩腰でも褒めておけば大抵は怯んで口調のキツさが和らぐ辺りは相変わらずわかりやすくてやりやすいやつである。


全く興味はないが、ここまで見た目の良さを言動で相殺して損しているやつは珍しいだらうなと思ってしまう。

本人からしてみたら男の評価などクソ喰らえとでも思っていそうではあるが。


「ねー、しゅーくーん、寂しかったよー」

気づけば目の前まで来ていた果彌は「私もかまってよー」と言いながら、周囲に見せつけるように膝の上に乗って抱きついてくる。


なんか強引に会話に割り込んできたような気もしたが、気のせいだろうか。

有達とだけ会話をしていたせいで仲間外れにされたようで寂しかったのかもしれない。

それにしゅうくんとは何だろうか。

これまでそんな呼び方をしたことなかっただろ。


「なにかあったか?」

これまでの経験上、ここまで露骨に教室内で甘えてきたことはないため、自分の知らない数時間の間に何かあったのかと有達に問う。


「どう考えてもお前のせいだろ」

呆れた口調で返されるが、身に覚えがないことを言われてもどう答えればいいのかわからない。


「はー、生き返るー」

ふにゃふにゃと膝の上に乗って腰に手を回して抱きついたら何かが生き返るのだろうか。

正直よくわからないが、楽しそうなのを邪魔したくないので黙っておく。


「で、怪我の方はどうなの?」

「骨折はもう治ったし、不幸中の幸いなことに内臓の一部以外はそこまで重症というほどではなかったからな」


隠すまでもないため、正直に告げる。

骨折は完治し、手術後の後遺症も激しい運動をしなければ問題はない。


内臓の一部が破裂し、開腹手術となったところはまだ完全に完治していない。

しばらくは投薬による治療と経過観察が必要だと言われているが、普通に日常生活を送る分には支障はなかった。


「内臓の一部って、あんたそれ痛くないの?」

指差されたそれとは、手術してまだ間もない胸部に抱きついている彼女のことである。


「少し」

痛いか痛くないかと問われれば、かなり痛い。

しかし、これも彼女を救うことができた痛みだと思えば安いものである。

痛みこそが生を実感できると思えるほど達観出来てはいない。


「あぁ、もう!ほんっとに!甘やかしすぎ!」

「うひゃあ!」


有達が言葉と共に抱きついている彼女の制服の襟を掴んで強引に引き剥がす。


「こいつは言わなきゃわからないポンコツなんだから、まだ治り切ってないなら治ってないってちゃんと言い聞かせなさいよ」


「え?うそ!

痛かったの?」

彼女の顔からサッと血の気が引いたように戸惑いと焦りが浮かぶ。


「大丈夫だよ。

少しだけだし、そうやって甘えてくれるのがうれしくて俺が言いたくなかっただけだから」


心配そうに泣きそうになっている彼女の頭を優しく撫でる。

そうやって俺を必要としてくれていることが何よりもうれしいということをきっと彼女も理解してないんだろうなと、苦笑してしまう。


「うっっくぅぅ……録音して毎日聴きたい……」

プルプル震えて小さく呻いているが、最近の彼女はやはり何か様子がおかしい。


「有達、果彌が最近変なんだが」

「前から大して変わんねーよ」

親友の有達がいうのであれば間違いはないのだろうが、果たして前からこんなだったかと首を傾げてしまう。


「それに……!?」

言葉を続けようとした瞬間、小さく地震が発生する。

日本人らしく、この程度の地震では驚くことも反応することもないが、嫌な予感に背筋にぞくりと粟立つ。


事故に遭ってから嫌と言うほど味わったこの嫌な予感。

些細なことから始まるきっかけを見逃すなと視覚、聴覚、感覚を駆使して兆候となるものを見つけるために集中する。


頭上からわずかに聞こえたガチャと何かが外れる音。

何がとは考えない。


見上げるなどの無駄な一切の動作は排除。

理由や、何が起きるかは考えずに最適解を頭で考えるのではなく、生存本能によって身体を動かす。


巻き込まれないように近くに立つ有達を軽く押して数歩下がらせる。


同時に、膝の上にいる果彌を遠ざけるのは不可能だと判断して頭を抱きかかえて覆いかぶさるように身体を丸め、教室の机を薙ぎ倒す勢いで床を転がる。


同時にガシャーンと、大きくガラスが割れるような音が響き渡り、バラバラとガラス片が降り注ぐ。


「きゃあぁぁぁ!!」

破砕音の後、一瞬静まり返る教室内に悲鳴が響き渡る。

誰かがあげた悲鳴を皮切りに教室内が一気に騒がしくなる。


わずかに体は痛むが、意識は正常だし直撃は避けた筈だ。

果彌は無事だろうか。

床に寝転がったままプルプルと震えているが、問題なさそうだと小さく息を吐く。


「しゅう……くん、何が起きたの?」

抱きしめた腕の中からくぐもった声が聞こえてくる。


果彌の言葉には答えずに意識を周りに集中して追撃がないことを確認する。

そこでようやく残心を解き、抱きしめていた果彌を解放する。


『1ポイントを追加いたします』

脳裏に直接響く世界の声。


これもまたもはや慣れたものとなりつつあるが、相変わらず意味がわからない。

早いところ情報の開示をしてくれないだろうかとすら考える余裕すら出てくるほどであった。


それに、この謎ポイントの声は何気に良い指針となる。

これまでの傾向として、このポイント加算は死の因果を回避したことで加算されていると思われるため、世界の声が聞こえるということは必然的に今回のフェイズが終わったと解釈して良いからだ。


「ごめん、大丈夫だったか」

体を起こし、果彌の手を引いて立たせる。


ずきりと腹部の傷が痛み、思わず顔を歪めた。

死の因果を避けたことによる安心感による気の緩みが痛みを思い出させる。

まだ抜糸の済んでいない、治りかけの腹部の手術痕が熱を持っている。


「庇ってくれてありがとう。

しゅうくんの方は大丈夫?

もしかして、どこかぶつけたりしてない?」

痛みに顔歪め、脂汗をかいている俺の顔を覗き込んでくる。


無表情を貫け。

果彌に気づかれるな。

激しい痛みを抑えるために小さく呼気を漏らす。


「すごい汗……絶対大丈夫じゃないでしょ!」

ずくん、ずくんと傷口が脈打つように疼いている。

これは傷がまた開いてしまったかもしれない。


「そんなことないよ」

短く言葉を返し、倒れていた椅子を起こして腰をかける。

立っているのが中々厳しい。

腹部の痛みが頭痛すら起こしそうなほどノイズとして自身を苛んでいた。


「嘘だよ、絶対無理してる。

私どうしたらいい?」

泣きそうな表情で不安そうにするその姿は開いてしまった傷よりも痛い。

そんな顔をさせたくないんだけどな。


「じゃあさ、俺のカバン持ってきてくれないかな。

その中に薬入ってるから」

術後の症状緩和のための痛み止めや、抗生剤などの化膿止めが入っている。

あとで病院で処置してもらう必要はあるだろうが、ないよりはマシだろう。


「わかった」

ほとんど泣いてる顔で散らばった破片を避けて果彌がかばんを取りに行くのをぼうっと見送った。


「……ふぅ」

小さく深呼吸をして思考だけでも落ち着かせようと試みる。


落ちてきたLED電球は今朝の鉄骨よりも殺傷能力は低く、大したものではなかったが、回避行動の方がまずかった。

医者からも激しい運動や、動きが出る行動は控えろと言われていた矢先にこれである。


仕方がなかったとはいえ、ここにきてこんなにも深いダメージを負うことになるとは思いもしなかった。

まさか1日に2回も因果の収束が来るとは思いもしなかったことから油断していた。


揺れと同時に兆候となるものを探して待つのではなく即座に果彌の手を引いてその場から移動するべきだった。

これも日に二回の因果が来るとは思わなかったからこそ、最善の行動が知らず知らずに制限されていたに違いない。


「しゅうくん、カバン持ってきたよ。

薬ってこれかな?」

ガサガサと鞄を漁って出した処方箋の紙袋を受け取る。

「はい、これ水も」

プチプチと錠剤を取り出し、口の中に流し込む。


「ありがとう。助かった」

すぐに効くものではないが、何となく痛みが和らいだ気がする。

プラセボ効果は偉大である。


「ううん、ごめんなさい。

また私のせいで……」

ついに我慢できずにボロボロと涙をこぼし始める。


「しゅうくん、いつも私のせいで怪我してるのに私ばっかり無事で……」

嗚咽をあげて言葉を漏らす果彌の頭に手を置いて軽く撫でる。


「俺はお前が無事ならそれでいいんだよ」

痛みを我慢して無理やり微笑みを作る。

もう一度ポンポンと頭を軽く撫でてから、鞄を持って立ち上がる。


「さすがにこのままはまずいし、病院で診てもらいに行くから先生には早退するって言っといてくれ」

「私もついてく!」


「心配しなくてもタクシー拾っていくし、大丈夫だよ。

また連絡するからさ」

こんな状況であれば着いてきても問題はなかったが、今は一緒にいない方が安全だった。


今日のことを考えれば、一緒にいれば何も起きない日もあれば、逆に一日に複数回の事故が発生する可能性がある。

しかし、起きた直後であれば一緒にいなければしばらくは何も起きない。


「うん、わかった」

まだ名残惜しそうにしている果彌に苦笑しつつ、痛みを堪えて歩き出す。


視界の端で何も言わず、呆然と立ったまま俺たちを見ていた有達の姿が少し気になったが、今は他人を気にする余裕などないと割り切って忘れることにするのだった。

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