7話(裏)
今、私は幸福の絶頂にいると言ってもいい。
いろいろと不運が重なり、一時はどうなるかと思ったけれど、好きな人と両想いになり……彼ピ!の優しさに人目を憚らずに存分に甘えることができるこの状況が幸せじゃなかったら世界はとっくに闇に覆われているに違いない。
しかし、問題は私の彼ピがかっこよすぎて優しすぎることである。
なんだかんだで意外と人気あると聞いたことがあるのでこちらとしては黙ってみていることなどはあり得ない。
エロくない、落ち着いている、優しい、紳士。
これが彼の女子から得ている評価である。
顔についてはイケメンというわけではないと言っていたけれど、客観的に見ても普通より上だと思うし、なんなら世界で一番カッコ良いまである。
話しかける時にまず胸を見てくる性欲猿とは違うのだ。
胸の大きさにはそれなりに自信あるけど、見てもいいのは収護だけだし、何なら触ってほしいまであるが、これまで一切の興味を示されたことはないので、実は私のプライドはズタズタである。
さりげなく胸を押し付けたときも、さりげなく距離を離されたり、女の子なんだからそういうのは良くないよとやんわりと注意されたりと散々な結果である。
むしろ、逆に何をしたら彼は欲情してくれるのかがよくわからない。
仮に裸になって迫ったとしても、『女の子なんだからもっと自分を大切にしてほしい』などと言われて上着をかけられてそれで終わりになるであろうことが容易に想像できてしまう。
紳士なのはとても良いし、それが魅力なスーパーダーリン、略してスパダリなのはいいのだけれど、そろそろ関係を進展させないと怖い。
万が一、彼を狙うメスブタが現れて奪われてしまったら遅いのである。
『あいつと付き合うことになったけど、果彌なら応援してくれるよな?
俺たち友達だもんな』
なんてことを言われたら血を吐いて一週間は引きこもる自信があった。
想像上のイマジナリー収護であっても脳が壊れそうな破壊力がある。
実際に言われたらどうなってしまうのかは考えたくなかった。
私の彼ピが浮気するような真似をするとは思えないが、それとこれとは別なのである。
彼が拒絶をしないのを良いことに抱きついたり、頭を撫でさせたり……あ、そいつ殺す。
それは私のだ。
ドロリと、想像の中のメスブタ相手にすら濁った殺意が湧き出す。
私以外が触れる?
私以外のモノになる?
そんなことになったら私はきっと……。
『俺が守るから』
幾度となく聞いた彼の言葉が過る。
そうだ、あり得ない。
あり得ないよね。
収護が私を裏切るわけないもん。
思考がつい危険な色に染まりそうになるが、束収護という最高の男が私を見捨てるわけがないという確信が染まりかけた思考を落ち着かせてくれる。
「なんかニコニコしたり、真顔になったり忙しそうだけど、だいじょぶかー?」
考え込んでしまった私の顔の前で中学の頃からの友人である有達友理(ありたち ともり)、通称友ちゃんがひらひらと手を振って顔を覗き込んでくる。
見た目はギャルっぽいけれど良く相談に乗ってくれる一番仲が良い友人であった。
「あ、ごめん。ちょっと幸せすぎて」
「うわー、こいつムカつく」
わりとガチトーンである。
「というかさ、朝っぱらから何あれ。
当てつけ?
下駄箱と校門前でイチャイチャイチャイチャイチャイチャして殺意湧きそうだったんだけど」
あ、これ冗談抜きでイラッとしてる時の声だと察してしまう。
経験上、誤魔化そうとしても許してくれないだろう。
「今日さ……いろいろあって私のこと好きなの?って聞いたんだけど……、そしたらアイツが好きって言ってくれて、私も好きって言っちゃっ……て……そんな感じ?」
てへっと朝の幸せエピソードを正直に話す。
当然だが、自慢であり、周りへの牽制である。
「うっざ」
この親友、本日は5割り増しで毒舌だ。
「ひっど!
いいじゃん!自慢させてよ!
アイツほんとにカッコよくてさ、今日もなんか危ない目に遭ったのを守ってくれただけじゃなくて、俺にとってお前が一番大切な人だから守りたいって言ってくれてもう胸キュンすぎてキュン死にそうになったし、最近好きすぎて限界突破して心臓足りないくらいヤバイ」
胸キュンすぎて多分すごい表情してるかもしれないけど、知ったこっちゃない。
とりあえず、ここぞとばかりに周りに聞こえるように言ってどこにいるかもわからない収護を狙うメスブタたちへの牽制としてエピソードを披露しておくのも忘れない。
あとで収護のクラスにも行ってアピールしまくらないと。
「めっちゃ、早口でウケる」
なんか友ちゃんの視線がめっちゃ冷たい。
その視線はまるでバカップルなんて死ねと言っているようですらあった。
「つか、アイツが果彌第一主義なのは中学の頃から変わらないじゃん。
中学のときもすごかったけど、この前はマジで命張って助けたらしいし、どんだけ好きならそこまでできるのかほんとに不思議なんですけど」
中学が同じということもあり、収護も友ちゃんと顔見知りであり、それなりの付き合いはある。
「前にも言ったことあるかもだけど、それ私もわからないんだよねー。
聞いても詳しくは教えてくれないし、前に私に助けてもらったからって言ってたけど全然身に覚えないんだよね……」
割と本気で助けたことがあったかを思いだそうとしたが、一切の心当たりがない。
なぜ見返りもなく助けてくれるのかと聞いても、彼は決まって助けてもらった恩を返したいだけと言い、それ以上は何も言わず何も求めることはなかった。
今でも身に覚えのない恩返しに困惑しており、私の身に起きている不思議体験において堂々の一位だ。
「むしろ、果彌の場合は助けてもらったことしかないだろ」
「それね。
助けてもらった記憶しかないまである」
自慢じゃないが、相当迷惑をかけてきた自覚すらあるので一時期は嫌われないか逆に心配していた時期すらあり、もし彼の言ったその恩が勘違いだったと判明し、その優しさを私に向けてくれなくなってしまったらと考えて恐怖を覚えた回数も数え切れない。
「鶴の恩返しじゃないんだから、覚えがないなら人違いなんじゃないの?」
「それも聞いたことあるけど、私で間違いないってさ」
仮に本当に何か助けたことがあったとしても今日まで助けてもらった回数を考えたら間違いなく恩返しは超過してこちらが返さなくてはいけないくらいであるが、彼にとってはまだ恩を返しきれていないようである。
本当に過去の私はどんな善行を行ったのかが気になって仕方がない。
「ふーん。
でも、よかったじゃん。
きっかけはどうあれ、両想いだったんでしょ?」
「うん」
「いやぁ、ようやくくっついたかー。
高校からの連中はとっくに付き合ってるって思ってたっぽいけど、中学の頃のあいつ知ってる身としてはそもそもまともに感情あるのかすら疑わしかったかんなー」
ケラケラと笑う友ちゃん。
失礼すぎる物言いに文句を言いたかったが、中々反論しにくいのが本音だった。
最近こそ良く笑うようになってくれたが、出会った頃は感情があるのかすら疑わしかったのは事実である。
「なんつーかさ……、アイツにも人並みの恋愛感情とか、性欲とかそういうのあったんだな」
仕方ないとは言え、散々な評価である。
中学の頃から女子の下着姿を見ても眉一つ動かさず、素直に見てしまったことを謝り、即座に上着をかけて気を遣ってくれるほどの紳士である。
いや、あれは紳士というより、無関心すぎて逆に女子のプライドを傷つけるタイプだった。
目は口程に物を言うとあるが、収護は分かりやすいほどに興味がないとわかるタイプであった。
内心は何を思っているかはわからないからこそ、本音を引き出そうと慣れないスキンシップを繰り返し、その度に撃沈してきたのは今でも思いだせる。
こっちが勇気を出して胸を押し当てたにも関わらず何も効果を示さず反応すらされなかったのは、軽く女としての自信を無くしかけたことすらあったのはいまだに忘れられない記憶であった。
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