7話、天啓得てして、思考は止まる

「お、きたきた。

無事退院できてよかったなー。

事故ったって聞いてマジで心配してたんだぜ」

教室に入り、いつものように机に向かおうとするとこちらに気づいたクラスメイトたちがぞろぞろと集まってくる。


彼らとは特に仲は悪くなかったとは思うが、逆に特別仲も良くもなかったはずである。

こんなに歓迎されるような交友関係だったであろうかと内心で首を傾げてしまう。


「心配してくれてありがとう?」

交友関係を考えれば疑問符がついてしまうのは仕方ないことである。


「なんで不思議そうなんだよ……。

俺らが友達が事故に遭って心配しないような薄情な奴らに見えてるのかよ」

心外だぜと苦笑して言われるが、こちらが理解してなかっただけで友達として認識されていたことに表情には出さずに驚く。


「つーか、いつもあんま話しかけないのは、単にお前がいつも彼女優先しまくりで声かけにくかったからだし」

「みんな心配してたのは本当なんだからな」

周囲も口々に同意して言葉を続ける様子を見る限り、周りと自分の認識に随分と差異があることに今更気付かされた。


「そうそう、本当はみんなで見舞いにも行こうと思ってたけど、彼女さん毎日病室通ってたみたいだから邪魔するのもなんだったからさー」

お見舞いに来たのは果彌と彼女の両親だけだったが、どうやら悪い意味ではなく、単純に気を遣ってくれた結果ゆえのようである。


「そっか、ありがとう」

こういうとき、もっと社交性に優れているのであれば気の利いたことも言えたのだろうが、自分にはこれが限界だった。


「いやでも、ほんと無事でよかったよ。

事故にあって意識不明って聞いたときはこっちの心臓止まりかけたぜ」

大袈裟に言っているのはわかっているが、心配してもらえるのも存外うれしいものだなと、珍しい状況にらしくもないことを考えてしまう。


「腕骨折してしばらく動かせないみたいだってきいてたけど、もう大丈夫なの?」

ギブスもつけてないしと言って腕に視線が集まる。


「なんか治った」

「なんだそりゃ」

思いもしない回答にみんなは笑っているが、本当にそうとしか言えないのである。

レントゲンを撮っても完全に折れていた骨はくっついており、医者すらも首をかしげていたことを覚えている。


医者曰く、早くても2~3か月は治らず、しばらくはギブス生活だと言っていたのだが、例のギブスにメスが刺さった事件の際に一度ギブスを外して再診断したら治っていたのである。

意識不明であった時を合わせても1か月と少しで治っているので、予定よりも2か月近く短縮されているのはどう考えてもおかしかったが、理由が一切分からないのが怖かった。

さらにいえば手術したばかりの傷は完全に塞がっていないのに骨折は治っているというのもおかしさに拍車をかけている。


今朝の超反応もだが、何か身体がおかしなことになってきている気がしてならない。

おかげで退院するのは早く済んだが、素直に喜んでいいのかはわからなかった。


「でもさ、轢かれそうになった彼女さんの身代わりになったって聞いてぶっちゃけ尊敬したわ」

なぜかすごい暑苦しい勢いで目を輝かせて迫ってくる。

周りも「それなー」とか言って口々に同意しているが、これが同調圧力なのだろうか。


「別に尊敬されるほどすごいことじゃないよ。

俺がそれをしたいからそうしただけだし」

そう、尊敬されるようなことではない。


俺は俺のために命を捨ててでも守りたいものを守っただけでそこには立派な心構えも、志もない。

己の欲に従い、ただひたすらに守ると決めた者のために動いたにすぎないのだ。


「照れも躊躇もなく言い切りやがった……」

「普段なら何言ってんだコイツとか言えたけど、コイツの場合マジでやりやがったから何も言えねぇ」

「一途すぎて聞いてるこっちが恥ずかしくなるんだが……」


反応は様々だが、事故に遭う前と今日でかなり反応が違うのは気のせいではない。

もしかして、前から言っていた俺が彼女を守るという言葉は遊び半分で言っていたとでも思われていたのかもしれない。

そうだとしたら心外であった。


「でも、災難だったねー。

超スピード違反してたって聞いたし……無事だったとはいえ許せないよね」

事故以前からちょくちょく話しかけてきてくれた馴染みのある女子である前島瑠香が私怒ってますといった様子で背後から話しかけてくるが、なぜかいつもより距離が近い気がする。


多分本人は気づいてないのかもしれないが、背中に胸が当たっている。

自分は興味ないからいいが、思春期真っ盛りの男子にそれは刺激が強いのではないだろうか。

気を付けた方がいいよと指摘しようかと思ったが、デリカシーというものが自分には欠けているとよく言われているため、ここは指摘ではなく気づかなかったフリをすることに決めた。


「別に運転手を恨んでたりはしないかな」

正直な心境を口にし、さりげなく半歩前に進んで前島と距離を離す。

こういうさりげなさが紳士たるゆえんだと、何かで読んで学んでいる。


「えーなんでよー」

どこか不機嫌そうになって疑問を口にする前島に対し、俺の代わりに怒ってくれてるのかなと内心で感謝する。


「いや、あいつが助かって俺も生きてたってことだけで十分だよ」

仮にあの運転手が安全運転をしていたとしても、おそらくは別の因果が彼女を殺そうとしていたことは想像に難くない。

ある意味運転手もまた被害者なのかもしれないというのはさすがに言い過ぎだろうか。


「いやぁ、何度言ってっけど、そう考えられるのが達観してるというか、マジですげえわ」

わずかに物思いに耽っていると、クラスメイトたちは感極まったようにこちらを見ていた。


口には出さないが、これは達観とは違う。

極論すれば自分のことなどどうでもいいだけでしかないので、皆から向けられた視線は少し居心地が悪かった。


なんか教室内がすごく盛り上がってる気がする。

ここまで騒がれている状況にそんなネガティヴな自身の心情を吐露するほど空気が読めなくはない。

所詮はそれも戯言でしかないのだから。


軽く苦笑するだけで済ますと、ますます話しは盛り上がり、むしろ興奮すらしている人もいる。

なんとなく、果彌が少女漫画を読んで影響された時の雰囲気に似ている気がする。

何か取り返しのつかない誤解をされている気がしてならない。


「何もすごいことなんてないって。

みんなだって、自分よりも本当に大切だと思えるものがあればきっと同じことしたと思うよ」

フォローも兼ねて、ここまできたら今更だろうと思ってやんわりと本音を告げる。


信念というものは人によって違う。

人によってその大小はあれど譲れないもののために戦うのは誰であろうと変わらない。


そして、自分はただそれだけしかなかったからにすぎない。

所詮はそれ以外を何も持たない空っぽな人間でしかないから命をかけた。

実際に命を懸けて守ったその事実だけは自分にとって唯一誇れるものだからこそ、誤魔化すようなことは言いたくなかった。


瞬間、きゃーと教室で歓声が湧き、思わず目を丸くしてしまう。

特に女子側の興奮度がすごい。

アナタたちなんでそんなに鼻息荒いの?


「世の男子はこの一途さを見習うべきよ」

「文字通り命を懸けて愛を貫く姿を見てしまった」

などなど何かとてつもない勘違いをされているようでならない。

ツッコまないけど、愛を貫いたつもりはない。


「いやいや、無理無理」

「普通は動けんて」

興奮する女子とは反対に男子たちは無茶を言うなと首を振っている。

さらに誤解が広がってしまった気がするが、なんだかんだでいざその時になってみればみんな体は勝手に動くよと心の中だけで補足する。


「いや、一途とか愛とかそういうのじゃないんだが……」

「いやいや、何言ってんのよ。

これが愛じゃなかったらなんだっていうんだよ」


いつものことながら、愛とか好きとかそういう感情じゃないということを理解してもらえないのはどうしてなのだろうか。

今日も否定は無意味のようである。


でも、今回ばかりはあまり変な噂が広がってほしくはなかった。

今朝の件でせっかく親友になれたと思ったのに友情に水を差されてしまう上に、それ以上に迷惑がかかってしまう。


だが、あえていえばこれはこれで親友として彼女に変な奴が近寄れなくなる虫除け代わりになるのではないかという考えも浮かぶ。

果彌は可愛くて、優しくて、性格も良く、カリスマ性すら持ち合わせる素晴らしい女性であるがゆえに、この状況は彼氏を選別するのに最適かもしれないと、脳裏に雷が落ちたかのような天啓を得てしまった。


しかし、間違えてはいけないのは対処法であろう。

ここで嘘をついて彼女とは恋人関係だと答えてしまえば事実無根の嘘をついたことになり、親友の信頼を裏切ることとなるのでそれだけは避けなければならない。


ゆえに、ここで取る最適解は曖昧に濁す。

これしかない。


「そうだな、それも愛なのかもしれないな」

俺は棒読み気味に呟き、周囲の興奮とは反対に考えることをやめるのだった。

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