6話、考察すれども絞殺されず

学校についても彼女の表情は終始ニコニコ、によによと緩んだままである。

時折こちらの顔を見て照れ臭そうに顔を逸らすのは可愛いのだが、何か不安になるものがある。


もしかして、何か対応を間違えたのだろうかと、考えてもここまでの道のりで誤った反応をしたとも思えないのだ。

自分の知らないところで何かあったのかを聞きたいところではあるが、とても聞ける空気ではない。


しかし、何かあったのだとしてもそれが負の感情によるものではないのではなさそうなので気にしなくてもいいのかもしれない。

幸せそうに笑っていてくれるのならそれでいい。


「な、なによ……」

下駄箱で靴を履き替えながら、ついじっと見つめてしまったことで不審がられてしまったようだが、その緩んだ表情は隠せていない。


もしかしたらこんなにも緩んだ表情を見るのは初めてかもしれない。


「ん、うれしそうだなって思って」

「だって、好……きって……言ってもらえたのうれしかったし……?」


顔を真っ赤にしてモジモジと身をくねらせ、しどろもどろに言う姿が愛おしくなり、思わず頭を撫でる。


「そっか」

そんなにもあの言葉が嬉しかったのか。


やはり気持ちは素直に伝えてこそ、しっかりと伝わるのだなと思う。

同時に、俺たちは心が通じ合っているのだと改めてうれしくなってしまう。


「今日のキミはホント卑怯だよ」

「よくわからん」

真っ赤な顔のまま頬を膨らませる彼女を見て首を傾げる。


「だって、私の言って欲しいことも、してほしいことも沢山してくれるんだもん……」

表情を隠すようにガバリと腰に手を回して抱きついてくる。

なんか今日は甘えたがりな日なんだなと思ったが、口には出さずにされるがままにさせておく。

以前からこのような行動に出るときがたまにあるので、今日もそういう日なのだろうと判断する。


「ヨシ、充電完了!

私こっちだから先行くね!」

うきゃーとか、ひゃぁーとか小走りに去っていく姿を見て廊下は走ると危ないぞと言っておくべきだっただろうかと真面目なことを考えてしまった。


背中を見送り、手を振りながら因果の発生と収束について思考を巡らす。

これまでの経験や世界の声から察するに、死の因果の発生要因は距離が関係している。

条件として彼女と近い距離にいることで因果は収束し始める。


しかし、彼女が家に帰ったりして一緒にいないときは因果そのものが存在しないため死の因果は発生しない。

だが、一定期間自分と離れ続けていると結合している因果が剥がれ始め、因果の存在しない人間という矛盾を排するために世界は死の因果とは違う別の要因として動き出してしまうということなのだろう。


トリガーとなる日数はわからない。

どれほどの日数を離れていると起きるのかを試そうとも思わない。

起きてしまえばそれはきっと取り返しのつかなくなる事態となるだろう。


傾向として死の因果は事故の誘発が主なものといっていい。

それは一緒にいれば防げることは今日までの結果で分かっている。


死の因果とは別の要因による排除はどうだろうか。

自分と一緒にいないタイミングかつ、予想だにしない直接的な行動で世界が動いたとしたらぞっとしてしまう。


世界は死の因果を事故として起こしてくるが、きっと本来ならば直接心臓を止めるようなこともできるはずだが、それをしないのは彼らがルールを作って遊んでいるからに過ぎない。

直接対話をしたことがあるからこそわかる。

あれは真実、神と呼ばれてもおかしくない存在だった。


対話できたことが不思議と思えるほどに隔絶とした位階の差があった。

いうなれば、この世界はあの声の存在が作ったゲーム内であり、俺はただのゲームキャラに過ぎない。

本来ならばゲームキャラは、ゲームの中であることに気づけない。


だが、本来ならばありえなかった、決められた筋書きを逸脱したことでゲームを操作するプレイヤー、あるいは開発者とも言うべき存在に繋がってしまった。


正気ではない。

自分が上位世界から見下ろされ、観察されるしかないキャラクターでしかないなんて知って今もなお普通でいられるのは果彌のためでしかない。

発狂してしまえば果彌は死ぬ。

ならば正気など捨ててしまえる。


元々、彼女のために死にたいと考えている時点でまともな精神ではないことも自覚している。

正気のまま狂っていることも今となっては悪くないのかもしれないとすら思えた。


世界の声が何を考えているかはこの際どうでもいい。

大事なのはルールの把握だ。

ルールを把握し、利用すれば果彌の命は保証される。

だからこそ、今はルールの把握と、解釈を広げることを優先する。


まず、考えるべきは何日、何時間会わなくても問題ないかだ。

入院していた頃の見舞いの頻度などを考慮すると、おそらくは3日くらいまでなら会わなくても問題はない。


問題はないが、3日以上会わなかった場合は次に会った際の事故の大きさが予測できない点にある。

あの時はメスが飛んできて、危うく果彌の体を貫くところだった。


3日ですらこの危険度と考えると、4日以上会わなかった場合の事故は考えたくもない規模になる可能性がある。

現時点の情報を整理すると、72時間以上会えなくなるような事態を避ける。

会った際の事故の大きさを考慮すれば、48時間以内をデッドラインとするべきだろう。


この時間設定も完全とは言えないが、今の何もかもが手探りな状況においては一先ずでもいいので指針となるものをたてておくべきだ。

今後の傾向を見て情報、指針はアップデートすればいい。




そして、学校内の距離については正直不安要素が残っている。

どれほど近い距離であれば死の因果を引き起こすのかだ。


今となっては幸いなことになるのかもしれないが、彼女とは別のクラスで物理的に距離があり、部屋を隔てている状況であれば死の因果が発動しないことはわかっている。

病院での事故からもわかるように、必ず自分の手が届く範囲にいる場合にしか死の因果は発動しない。


これまでの事故は全て手を伸ばせば間に合うタイミングでしか発生していないからだ。

まだ検証しきれたとはいえない要素であるが、距離が近く、壁などで遮られていない同じ空間にいる場合にのみ因果が発生すると思っていい。


油断はできないが、これまでのことから授業中には何も起きないと考えている。

これがもし同じクラスで席が近かったら大惨事だったかもしれないと、思わず背筋を震わせてしまいそうになる。


それはそれとして、努めて気にしないようにしていたが、なんか視線がすごい。

みんながこちらを見ている気がするのは自意識過剰なのだろうか。


不幸中の幸いなことに、手足の骨折はそこまでひどくなかったおかげで今となってはギブスは外れているため、見た目は普通の状態のはずである。

内臓の一部は手術をしたのでしばらくは投薬生活が続くが、それも見ただけではわからないはずなのだが、自意識過剰ではなければ明らかに注目度が高い。


なんとなく気まずくなり、居心地の悪い気分を味わいながら視線を避けるようにして教室へと向かうのであった。

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