9話、医者からしたらなんだコイツな件


タクシーに乗り、病院で診察を受けた俺は診察台に寝そべりながら担当医にガチギレされていた。


「いや、キミあり得ないよね。

これで何回目だと思う?」

口調こそ荒げていないが、その声からはイラつきすら感じられる状態だった。


「……」

このような時に下手に口を開くのは悪手だと理解しているため口を噤む。


「これでニ回目。

おかしいよね?

本当だったらとっくに抜糸できてる筈なのにね」

ジロリと父親よりも歳上の初老に差し掛かった医師に睨みつけられて思わず萎縮してしまいそうになる。


「すみません……しかし、これはわざとではなくやむを得ない事情がありまして……」


「わかってるよ。

一回目はこちらの不始末による事故だし、むしろ謝らなきゃいけないのはこっちだけどさ……」

メスが飛んできた件とは別だが、階段を歩いていたらストレッチャーが上の階から落ちてきて間一髪で避けたが、階段で足を踏み外して腹部の傷が開いたのである。


もちろん、その時も果彌に怪我はない。


こちらとしては、立て続けに二件も事故を引き起こしたのに、示談で済ませてあげたのは感謝してほしい。

冗談だけど。


実際に悪いのは因果とかいう世界のクソシステムのせいなので自分視点では病院も被害者にしか見えないからこその示談であった。


「それでようやく落ち着いて退院したと思ったら、今度は電灯が落ちてきてそれを避けたらだっけ……?」


「はい……」

返事をしておいてなんだが、我ながら不運な人生を送っていると思う。

死の因果の存在を知らなければ呪われているようにしか思えない。


「医者としてはこういうこと言いたくはないんだけど、お祓いとか行ってみた方がいいんじゃない?」

溜め息なのか、嘆息なのかはわからないがとてもいたたまれない気持ちにさせられてしまう。


「せっかく、本来ならもっと入院しなきゃいけなかったのを短縮できたんだから、もっと自分を大切にするべきだと思うよ」

診察台で仰向けに寝そべり、天井を見上げたまま傷の処置を受ける。


「すみません、気をつけます」

気をつけてどうにかなる問題でもないのかもしれないが、これくらいしか言えることはなかった。


「骨折と同じくらいこういう傷の治りも早ければよかったのにね」

それには心から同意したい。

自覚のない回復力だが、骨の修復は早くても傷の修復は普通程度というのは少し残念である。


傷の方にも強い回復力があれば、今後のことも考えれば便利だったのにと思う。


「もう体起こしていいよ。

少し傷は開いてたけど、そこまで酷い状態じゃないし後数日様子見て問題なければ抜糸できると思うよ」


「ありがとうございます」


「ただね、申し訳ないんだけど一度縫い直したのもあってお腹の傷は結構大きな傷が残っちゃうと思う」

申し訳なさそうにしている先生には悪いが、男だし今後誰かに裸を見せるような予定もないのでどうでも良い。


「それは気にしないので大丈夫です。

それに、生きてただけでも儲けものなので……」


「まあ、それはそうだねとしか言えないね。

本人の前で言うのもなんだけど、手術中に何度も心臓止まってたし、正直もうダメなんじゃないかって、何度も思ったくらいだったからね」

本当に本人の前で言っていい話ではなかった。

この先生が途中で諦めてたら死んでいたと聞かされたところで、どう答えればいいんだと言いたい。


「だからね、脅すつもりはないけど、それくらいの怪我をしていたということは忘れないほうがいいよ。

次同じことが起きても助けられるかどうかもわからないんだからさ」


「はい、ありがとうございます」

カルテを記載しながら軽い口調で言われるが、そこには真摯な響きが込められていた。


「今日はこれで終わり。

新しい薬出すから受け取ってね。

次は何もなければ5日後くらいに来てもらえるかな。

問題なさそうなら抜糸もしていくから。

それじゃ、お疲れ様」


「ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げて診察室を退室する。

お小言は言われたが大きな異常は見られないようで安心する。


死の因果の匙加減とはいえ、せめて後5日くらいは激しい回避行動を伴う事故はやめてほしいのだが、その期待は難しいのはわかっているのでため息しか出ない。


今日に限っていえば一日に二回起きる日もあるとは完全に想定外のレギュレーション違反だろうと、また世界の声と話す機会があれば言ってやりたい。


たしかに一日一回とは言われてないが、果彌と会わなかった分の因果が溜まったことによる反動であれば発散させてしまえばしばらくは起きないと思ってしまうのも無理はないと思うのだ。


事実、これまでは一日一回かしか起きていなかったことも思い込みの原因だった。


あのいつも追加されてる謎のポイントを全部あげるから一日に複数発生しないようにできないのだろうか。


『可能です』


「えぇ……」

思わず漏れ出た言葉にどんな感情が乗っているのか自分ですらわからないほどの、人生で初めてと言っていいほどにわけがわからないからとりあえずこぼしておいたような呟きだった。


気付けば周囲は時間が止まったような、歪んだ空間となっている。

これまで世界の声と接触した回数は二回。

一度目は死の淵の邂逅。

二度目は因果の破壊という本来あり得ない世界の法則を逸脱したゆえの接触。


そして、三回目がコレである。

一回目と二回目とのギャップがえぐい。

これまでなんか特別なことがないと出てきませんよといった感じであったのに、今回に限っては心の中で適当に思ったことに反応して出てきやがったのだ。


もしかして、この世界とやらはいつも俺の心の中含めて観測しているのではなかろうか。


『ご明察の通りです』

冗談じゃなく心読まれてるのかよ。

そうはいうものの、超常的な存在にとってはこの程度のことはできて当然だと思うので驚きは少ない。


「それで、可能とは何のことだ」


『あなたがこれまで得たポイントを変換して死の因果の発生回数を一日一回にすることは可能です。

その場合、本来なら分散して降り掛かるはずの因果は一つとなり、より強い死の因果があなた方を襲うこととなります』


なるほどね。

今日に限ってなぜこんなにも強い死の因果が発生したのかはわからないが、二回に分散したのは逆に運が良かったのかもしれない。


もしもアレが二回ではなく、一回分で発生した場合を考えるとぞっとしてしまう。


一回発生して防いでしまえば、その日のうちは安心して過ごせると確信できるのは正直にいえばかなり助かる。

だが、まだ発生条件すらわからない死の因果がより確実に強大なものとなって降りかかってくるのが確定してしまう。


防げなければ確定で死ぬ状況において安易な回答ができるわけがない。

あまりにも一長一短がすぎる。


「質問させてほしい。

そもそもポイントとはなんなんだ。

それで何が出来る?」

口に出さずとも聞こえているのはわかっているが、回答の正確性を重視するためにあえて言葉にしていた。


「ポイントとは貴方が理解できるようにするための表現であり、正確に言えばそれは権利です。

貴方は必要であれば得た権利を行使することが可能です」


なるほど、わからん。

ポイントと称していたのはわかりやすくするための類似表現でしかないようだ。

結局のところ何が出来るのかがわからず、向こうもそれを教える気はなさそうである。


何が出来ると聞いているのに権利を行使することが可能としか言わない辺りがそれを物語ってる。


「権利の行使で何ができるかを教えてほしい」


『ポイント数に応じた権利の行使が可能です』

「例えばどんな権利がある?」

『ポイント数に応じた権利が存在します』


まるでRPGで"はい"、"いいえ"で回答を求めるくせに"はい"を選択しないと先に進めないような理不尽さとイラつきを覚えさせるやり取りだった。


おそらくは権利については何を聞いたところでまともに答える気はないのだろう。


「なら、その権利を使って俺を不老不死にしてほしい」

権利というのがあまりにも曖昧すぎる。

どこまで、どのような願いなら叶えられるのかを確かめたい。


『その権利は存在しません』

「じゃあ、今ある身体の異常をなくして健康にすることは可能か」


『使用するポイント数に応じて回復を早める権利が使用可能です』

不老不死という人類の夢ともいえる生物という枠を超えるような願いはそもそも叶えられないが、瞬時に怪我を癒すことはできずとも回復力の強化は可能。


これらの回答から察するに、枠組みを超えた無茶な願いは受け付けておらず、細かい部分はあれどあくまでも人としての範囲を逸脱しない程度に願いを叶えるようなシステムなのだろう。


だが、これはあくまでも肉体に作用させるような願いの場合。

ならば、世界のシステムに働きかけるような願いならどうなるだろうか


「果彌に紐づいている死の因果を取り除く権利を行使したい」

行使できる権利がどこまで及ぶかわからないが、これだけは聞いておかなくてはならない。


『必要なポイント数に達していない権利の行使はできません』

思わず笑みがこぼれてしまう。

ポイントと権利。

そして、権利の範囲。


それは先の見えなかったこの状況においてようやく見えた光明だった。


果彌の死の因果の除去が不可能ならば、不老不死の願いのように存在しないと回答されるが、世界の声は必要なポイント数に達していないと言っていた。

そう、必要なポイントにさえ達すればこの状況を脱することが可能であると証明されたに等しかった。


「必要なポイント数を教えてほしい」

『因果への干渉は膨大なポイントが必要となります』


やはり明確に答える気はないか。

答える気がないものと、正確な回答がもらえるものの範囲も基準も全くわからないのでやりにくくて仕方がない。


権利の行使にしても積極的に情報を開示してこなかったうえに、行使可能な権利については一覧どころか、明確なルールすらわからないときた。


まるで自分で見つけ出せと、こちらの反応を見て楽しんでいるような底意地の悪さすら感じ取れるほどだ。


この件についてはおそらく決められたことしか返せないようになっているのだろう。

これが人間相手なら煽ってもっと答えを引き出してもいいのだが、相手は世界という超常存在である。


人間らしい情緒などあるのかはわからないが、下手なことを言って機嫌を損ねでもしたら本当の意味でのゲームオーバーになりかねない。


心が読まれてはいるが、何も言ってこない以上は問題はない。

これ以上は意図して突くのはやめておいた方が無難だろう。


とりあえずは果彌を因果から解放する手段があることが分かっただけでもよしとするが、最後に一つだけ可能なら保険を掛けておきたい。


「ポイントを使用して回復を早めることは可能と言っていたが、緊急時においては自動的に最低限のポイント消費で死なないようにすることができないだろうか」

膨大なポイントが必要という因果からの解放を考えれば、今後どれほどのポイントが得られるかもわからない状況でのポイント消費は可能な限りは避けたい。


かといって、死んでしまっては元も子もなく、わずかなポイントで身体能力を強化したところで所詮は人間である以上は自動車に轢かれれば簡単に死んでしまう。


『この措置については既に行使されております。

即死を除き、ポイント保持者が生命の危機に瀕した際には自動的に必要なポイントを消費して回復を促します』

あの謎の回復力の正体が意図せず判明していた。


現在何ポイントあるのかはわからないが、ポイントを保持している限りは簡単には死なないらしい。

それでも即死などには対応できない辺りが妙に現実的であり、必要なポイントを消費していという明確な数値を出さない辺りもとても怖い。


一度目の事故ではどれくらいのポイントが消費されたのだろうか。

あの時得たポイントは確か2ポイントだったはずだが、先生いわく心臓が何度も止まってダメだと思ったということを考えれば大怪我の場合は2ポイントでは死の淵からギリギリ呼び戻して肉体の回復能力をわずかに促す程度しかないと考えたほうがいいのかもしれない。


そう考えるとポイントによる回復も大したことがないといえる。

ポイントがあるから死なないなどと安易な考えは避けるべきだろう。


正直、ラノベのように超能力を身につけたり、簡単には傷つかないような身体能力を得られたりできたのならば随分と楽に事故を回避できたのだが、世界の声はそんな安易な展開を望んでいなさそうである。

使えるものを使ってやっていくしかないか……。


『現時点で使用できる権利を行使しますか』

無機質に再び問いかけられる。

最初に話しかけてきた際に言っていた因果の収束を1日1回にする権利を行使するかと聞いてきている。


「今回は使用しない」

悩ましいが、優先順位が違う。


『わかりました。

貴方の選択を楽しみにしています』


世界が急速に色を取り戻し、歪んだ世界が正常に戻る。

つくづくファンタジーな存在だと実感してしまう。


だが、ようやくやるべきことが見えたことには感謝したい。

果彌をこの呪われた因果から解放するために決意を新たにするのだった。

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