10話、意図された禍福が糾える縄の如く
思いもしないきっかけによって果彌を救う手だてが見つかったのはいいが、簡単ではないことが問題だった。
ポイントを得るためには死の因果と出会い、それを回避する必要がある。
一度目の大事故でさえ、得られたポイントは2ポイントであったことから、事故の大きさは関係なく回避一度につき1〜2ポイントしか得られないと思っていいだろう。
もしも因果の開放にあと100ポイント必要だとした場合、その権利行使までに最大100回も死の因果から果彌を守る必要があるのだ。
「それまでに生きていられる気がしない……」
思わず独りごちる。
ゲームみたいに他にポイントを稼ぐ方法がないのだろうか。
ゲームとかならポイント課金や、ミニゲームのようなもので追加で稼ぐこともできるのだが、これは現実である。
まるで現実感がなくても、残念ながら現実の出来事なのだ。
ポイントのことさえなければ、果彌とは2〜3日に一度くらいのペースで溜まった因果を解消していくことを考えていた。
だが、状況は変わった。
ポイントを稼ぐ方法がそれしかないのであれば、積極的に死の因果を引き起こすしかなくなってしまった。
休みも果彌を遊びに誘うなどをしてうまいこと誘い出すことも考えなくてはいけない。
休日のデートとなると恋人同士でもないのにいいのだろうかと思うが、彼女とは親友ともいえる関係だ。
友達同士と考えれば、異性であろうと遊びに行くのは普通だろう。
つくづくこのシステムを考えた奴は俺を逃す気がないのだとわかる。
世界の声というべき存在は今も自分を監視しているのだろうが、監視しているからこそつまらない展開は許さないと言っているように思えてならない。
情報についても全てを説明するわけでもなく、小出しにして必要最低限でしかないのも不安を煽り、動かざるをえないようにしたいからなのだろう。
「くそ……」
悪態が漏れる。
こんなにも感情を露わにしてしまったのはいつぶりだろうか。
自分の部屋だからいいものの、果彌にこんな表情を見られでもしたら大変なことになる。
怖がられ、もう近づかないでほしいなどと言われたらどうしようもなくなってしまう。
避けられることだけは防がなければならない。
「怖い……」
考えるほど思考が恐怖に染まり、手が小さく震えていることがわかる。
よく勘違いされていることだが、俺は感情がないのではない。
ただ、人よりも少し薄いだけだ。
人間らしく恐怖も感じる、悲しくもなる。
それを表情に出ないのはそれが癖になってるだけにすぎない。
これまでは彼女を庇って死ねるならそれが最高の終わり方だと思っていたから動けていた。
己の恐怖よりも、彼女のために死にたいという我欲を優先していただけなのだ。
しかし、今は違う。
自分が死んだら果彌は死ぬ。
彼女を因果の鎖から解放するにはあの幾度となく回避してきた事件、事故を意図的に起こしていかなければならないのだ。
彼女のためならば、その業を背負うことは苦ではない。
それでも、以前であればその先に死があるから楽になれると思って動けていたが、今はあまりにも状況が違う。
生きて回避し続けなければならないのだ。
いつ起きるかもわからず、死ぬこともできない。
どれほどの怪我を負っても、死にかけても因果を解放しなければこの世で一番大切な彼女が死んでしまう。
己の身が世界というシステムによって雁字搦めに縛り付けられているのがわかる。
死ぬことは許さない。
超常存在を生きて楽しませることが俺に課せられた役目なのだろう。
実際に楽しみとして俺を観察しているかどうかはわからないが、あの声が常々言うように俺が何を選択するのかを見ている。
ただの観察ではなく、時を止めてまで接触してきたシステムの説明という状況が全てを語っている。
ここまで考えればもう理解できてしまう。
ただ観察したいだけじゃない。
あれは完全に俺という人間を狙い撃っている。
なぜなら、あのルールには致命的なまでに大きい欠陥がある。
それは、果彌を見捨てれば俺には何も起きないということだ。
「あぁ、本当に悪辣すぎてイラつくよ……。
逃げられるわけがないだろ……」
怨嗟のような声が口からこぼれ出す。
向こうからすれば、ルールを聞いて逃げ出すという選択でも良かったのだろう。
たかが一人を見捨てるだけで命は助かり、痛い思いをしなくて済む。
普通の人間なら大体はそれを選ぶだろうし、あの時それを選ばなくても、連日の巻き込まれ事故の時点で最終的には逃げることを選んだはずだ。
俺のような異端者を除けば、誰だって自分の命が一番大事だ。
あの時は気づく余裕はなかったが、今ならわかる。
ルールに穴を作ったのもおそらくわざとだ。
こっちが冷静になれば気づくことも見越し、あえて欠陥があるルールを説明したに決まっている。
"選択を楽しみにしている"という言葉に嘘はなかったというわけだ。
ただ人間の観察をしたいだけならそこらにいる人間を選べばよく、自分じゃなくてもいい。
だが、世界の声はただの観察ではなかった。
本来なら知り得ることのない事実を知ってなお選んだ結末を知りたいのだ。
「ふざけてやがって」
因果の解放。
本来なら死ぬはずだった運命。
それは全て本当なのだろう。
運命通りに死ぬはずだった少女がなぜか生き延びた。
世界のシステムの小さなエラー。
偶然それが俺と果彌だっただけ。
滅多に起こり得ないからこそ、世界の声は俺に接触し、運命を覆せる可能性すら匂わせた。
あの声の主からしてみたら、果彌の生死などどうでもよく、俺がどう選択して行動するのかしか興味がない。
だからこそ、ポイントというこれ見よがしなアナウンスをしながらも一切の説明をすることがなかった。
気付かなければそれまで。
気付いたから説明した。
単純明快、システマチックに反応しているのだ。
何から何まで手のひらの上でしかない。
一人の人間に何を思われようと、所詮は彼らからすれば俺はゲームの登場人物に過ぎず、プレイヤーに害を与えることができないのだから。
「どう足掻いても何も変わらない……。
なら、とことんルールを利用してやる」
それが餌を与えられて誘導された結果だとしてもやることは変わらない。
果彌を救い、彼女のために死ぬ。
その夢だけは誰からも強制されていない自分だけの夢なのだから……。
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