11話、執着するは生か無か
早退したあの日から約42時間ほどの時間が経過していた。
最後に果彌と会ったのは早退した時で、大体13時前くらい。
そこからその日は残り11時間、一日休みを挟んで24時間を加算し、今日が既に7時ということを考えれば、合わせて大体42時間程度の接触していない期間が発生してしまったと考えていい。
昨日は傷口が熱を持ってしまったのもあり、突然痛みで動けなくなるようなリスクを回避するためにも大事を取って学校は一日休ませてもらったが、42時間と数字で示すと割と大きく感じてしまう。
この程度の痛みで休んだのは少し軽率だったかもしれない。
お見舞いに行こうかと言ってくれた果彌の言葉を断ったことで、あれ以来何も起きてはいないが、一度くらい顔を合わせてリセットしておくべきだったかもしれない。
今後はタイムスケジュール、非接触時間も意識して計測する必要がありそうだ。
少なくとも、今日は必ず会わなければならない。
二日近く会わなかったことで果彌にはそれなりの因果が溜まっているだろうし、まだ体調は完全ではなくてもこの辺で手を打つべきだと判断する。
さすがにもう一日休んでしまえばさらに24時間加算されてしまい、そうなれば何が起きるかがわからない。
個人的には三日までなら大きな事象は発生しないと思っているが、安易な確信は死に直結するのでもう少し検証しなければ安牌となるボーダーラインを決めることはできない。
「法則でも見つかればいいんだが……」
呟き、家を出て学校に向かう。
どうでもいいが、今日は珍しいことに家に両親が揃っていた。
お互いに目も合わさず、挨拶すらしていないが、朝から二人揃って遭遇するとはいつぶりだろうか。
今日はきっとロクでもないことが起きるんだろうなと憂鬱になってしまう。
別に両親が嫌いなわけではなく、単純に興味がないだけだ。
こちらは学生であり、親の庇護がなければまともに生きることも困難な歳なため、衣食住が揃い、学費も食費もしっかりと払って最低限の世間体を維持してくれているだけでもマシな部類だと思っている。
これまでも学校側から何か支払いが遅れてるなどの連絡を受けたこともないので滞りなく学費などが払われている証拠だ。
比較対象が悪いかもしれないが、世の中には学費も払ってもらえず、食事すら与えられない子供も多くいる。
それを考えれば愛情が存在しない程度は些細なことだと思うようになった。
血を分けた子供とはいえ、愛情を向ける価値も、存在自体が無価値な息子のために金を払ってくれるだけで彼らはできた人間と言っていい。
両親からはこれまで直接的な暴力による虐待のようなことをされたことはないのも、そう思える理由としては大きいのだろう。
あの時、彼らは俺を見て失敗したと言った。
だから、作るべきではなかった失敗作と見切りをつけたに過ぎない。
それでも見捨てずに失敗作のために親の義務を果たしてくれている彼らを嫌いにはなれなかった。
もしかしたら、一時は存在しない愛を求めて彼らのために努力したことが今も心のどこかに残っているから恨みきれないだけなのかもしれない。
果たして嫌いと興味がないはどちらが下なのだろうかと、そんなどうでもいいことをたまに思う。
高校卒業後まで生きていられるならば家を出て一人暮らしをすることになるのだろうが、高校在学中は養育費が供給されている限りは利用しておくつもりだ。
そうはいうものの、大怪我を負って入院していた一人息子に一度も見舞いに来ない親であるため、どこかで突然追い出してきてもおかしくはない。
いざそうなっても大丈夫なようにたまに日雇いのバイトをしてそれなりに貯め込んでいるので、最悪はその貯金を使って時間稼ぎくらいはできるようにはしてある。
向こうから何か言ってくるまでは何も言うつもりはなく、触らぬ神に祟りなしという心境であった。
生きている限り……いつか夢を叶えるためにも、したたかに生きていくことを決めている。
そもそもの話、死ぬことを前提に生きている人間が遥か先の未来を見て生きていけるはずがないというだけの話。
どれほどの理屈をこねたところで所詮はその程度の薄っぺらい考え。
いつか、将来、この先……そんな未来を考えられるほど俺は自分という存在を信用していないし、その価値を見いだせない。
だから、価値のある人間を助けて自己満足に浸りたい。
最後に良いことをしたと、ここまで生きてきたことに意味があったのだと思って死にたいのだ。
気づけばグダグダとくだらないことを考える悪い癖が出ている。
またも理屈をこねて意味のない意味を探している。
今日は特に言い訳がましく理由を捻り出そうとしていた。
「でも……いや、だからこそだな……」
「何が?」
思わず反芻して吐き出した言葉に反応する言葉があった。
「おはよ。
何か考え事……?」
ぐるぐるとくだらない思考を巡らせていたことで気づかなかったが、いつの間にか学校の近くまで来ていたらしい。
「俺にとって、果彌以上に優先するべきものはないなって改めて考えていたんだ」
ああ、そうだ。
彼女を助けて死にたい。
それだけが俺の存在価値を示せる。
死の因果を回避し、防ぐことは全て夢を叶える過程となる。
恐怖を感じる意味なんて元々なかった。
死の因果こそが、俺の夢を叶えるための福音だと思えばいい。
あれだけ怖かったものが愛しい物にすら思えてきて、思わず笑みが浮かぶ。
「えへへ……私もしゅうくんが一番大切だよ」
顔を赤くしてたどたどしい口調で答える果彌の頭を軽く撫でる。
本当に可愛らしく、その在り方が美しい。
俺のような価値のない存在に唯一存在価値を与えてくれる。
やはり、彼女のために死にたい。
美しい彼女のために消えない傷を残したい。
俺に庇われて生き残ったとき、彼女はどう思うだろうか。
こんなにも美しいと思った彼女の心にわずかでも影を落とせたのならば、これまで無意味に生きてきた価値はあった。
何かが歪む。
だが、それに抗わない。
きっと本来そうあるべきだと思った。
目的は変わらない。
理由も変わらない。
ああ、愛しい。
これが親愛という情なのか。
「ありがとう」
久しぶりに自然に笑顔がこぼれ落ちた気がした。
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