3話(裏)

突然抱き寄せられ、何事かと混乱するのも束の間。


「悪いな。お前が可愛すぎてつい抱き寄せちまったわ」

混乱しながらも聞こえてきた発言に体が熱くなるのを感じた。


可愛いと言ってくれた。

たったそれだけの発言なのに、包帯にまかれた傷だらけの胸に抱かれながら震えるほどの幸福感を覚えていた。


事故に遭う前から優しかったけれど、事故に遭ってからは以前にも増して優しくなっているような気がする。

前は少し突き放すようなところもあったけれど、今は些細なことでもできるだけ一緒にいようとしてくれているのは気のせいなのだろうか。


自惚れでなく、大切にされているという実感に胸の中に暖かいものが湧くと同時に脳が痺れるような独占欲にも似た醜い感情が浮かび上がる。

収護は命をかけるほどに私を愛してくれているのかもしれないという実感は恍惚感へと変わり、興奮すら覚え始めている自分に気づいた。

もしかしたら、ようやく私の気持ちに気づいてくれたのかもしれない。

朴念仁で、他人の好意に鈍感なお人好し、それが彼のスタンダード。

好意を示したとしても、いつも私の発言を冗談だと思って流していた。

言葉には出してなくてもあれほど行動に示していて気づかないのはこいつくらいしかいない。


これまでのことを思い出し、恨めしくなって少しにらみつけるような目で収護の顔を見上げる。


「あれ……?」

見上げた顔には明らかに余裕はなく、歯すら食いしばって何かに耐えるような表情をしている。

さらにいえば、先ほどから小刻みな震えが伝わってくる。

まさかと思い、今自分がいる場所を再確認する。

程よく筋肉のついた硬い胸板は事故の凄惨さを物語るほどにがっちりと包帯に巻かれている。


「あ、え!?

ごめん!」

寄りかかっていた胸からすぐに身を離す。

自分が頭を押し付けていた箇所からわずかに血が滲み、かすかに血の匂いがして冷や汗がにじみ出る。

もっと早く気付くべきだった。

いくら元気そうに見えても少し前までは面会謝絶の重症だったほどの怪我だったのだ。


「問題ない」

平常心のつもりなのだろうが、言葉が震えており、痛みを我慢していることが容易に想像できてしまう。


「全然大丈夫じゃないよ!

先生呼ばなきゃ」

ナースコールをピポピポと押して、ため息をつく。


「もう……私のこと抱きしめたいのはわかるけど、体を先に治してからにすること!」

自分で言っておいて顔から火が出るほどに恥ずかしくて自意識過剰なセリフである。


抱きしめたいならとか、上から目線すぎて何様か状態でしかない。

しかも、この言い方では体を治したら抱きしめていいよって言っているようなものである。

別にそれは良いし、むしろ大歓迎なんだけど、一応まだ付き合ってないことになってるし、複雑というか、今はそんな状況じゃないし……。


「あ、花瓶割れちゃってる……」

今更ながら発言が恥ずかしくなり、誤魔化すためにわざとらしい話題のへんこうをしてしまう。


モニョモニョとした感情がいろいろと渦巻く。

やっぱり死にそうな目にあってようやく素直になってきたのかな。


「掃除道具借りなきゃなー……」

割れた花瓶に視線をやりつつ、赤くなっているであろう顔を隠しながらチラリと視線を向ければ何かとても複雑そうに耐えてる表情をしていた。


照れてるのを誤魔化しているのかな。

普段はクールでかっこいいのに、こういうところはとても可愛い。


このかっこよくて可愛い存在をめちゃくちゃ布教したい!

でも、布教したせいで人気出ちゃったら最悪だけど、私の彼ピは最高ってことをもっと自慢したーい!

まだ彼ピじゃないけど!


同じクラスのアイツとか、隣のクラスのアイツとか最近ねっとりと視線送ってるのわかってるんだぞ!

私がいないとき狙って声かけてるのも見たからな!

収護は中学時代は地味だったけど、私の隣にいるならそのままじゃいられないからと言って髪型を変えたり、眉毛を整えたりと努力を惜しまなかった。


理由が私のためというのがポイント高くてうれしかったけれど、それで他の子にも良さが伝わり始めたのはかなり複雑である。

やっぱり、早いところ関係性をきっちりしておかないとダメかもしれない……。


鈍感すぎるから基本大丈夫とはいえ、逆に押し倒されて据え膳ペロリされたら目も当てられないし、退院後はしっかり監視をしておこうと決意する。

今更逃すつもりはないのだと彼にはしっかりとこの乙女心を理解してもらおうとあらためて誓うのであった。

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