17-2話、異性間の友情が成立する確率を求めよ②
約束した水族館に行くために待ち合わせの駅前に着くと、すでにそこには果彌が待っていた。
「待たせたか?」
「ううん、今来たところ!
やったー、これ一回言ってみたかったんだよねー!」
「もしかして、そのために待ち合わせ予定時間より前に来てたのか?」
現在時刻は待ち合わせ時刻の10分前である。
どれくらい前にいたのかはわからないが、謎の努力であった。
「もち!
でも、来たのは10分くらい前だし、楽しみすぎてつい早く来ちゃっただけだからね」
フンスと気合を入れ直す果彌のテンションはいつもより高い。
「久しぶりに私服見たけど、似合ってるね」
果彌の私服姿を見るのは随分と久しぶりな気がするが、前とは趣向が変わったのか前よりもグッと大人っぽくなっている。
腰を絞ったフレアワンピースに薄手のカーディガンを着こなす普段と違った姿もまた可愛らしい。
髪も普段と違って編み込みがされており、服装と相まって清楚な可愛らしさをより引き立てている。
「ありがとー。
ちょっと頑張ってみたからすごい嬉しい」
笑顔でその場でくるっと回ってみせる果彌。
大人っぽさを感じさせる格好でありながらも天真爛漫に笑う姿にわずかに胸がドキリと高鳴る。
目を離せなくなるとはこういうことか。
普段と違う姿にどうやら見惚れてしまったようだと小さく笑みがこぼれた。
「やっぱり、今日はいつも以上に可愛いね」
いつだって美しい彼女であるが、今日はその魅力を何倍も引き立てていると思うのは贔屓目だけではない。
一緒にいなかったらナンパされないかが心配になるほどである。
「しゅうくんほんと好きぃ!!」
にへらと笑顔を浮かべて腰回りに抱きつかれる。
「俺も果彌のことが好きだよ」
セットした髪型を崩さないように優しく頭を撫でる。
「うぇへへへ」
いつもの謎の笑い声を聞いて彼女らしさを覚えて少し嬉しくなる。
先ほどまでは少し緊張していたようだが、上手くほぐれてくれたようだ。
「じゃあ、行こうか」
自然と果彌と手を繋いで歩き出す。
「うん」
手のひらから伝わる熱と柔らかさに僅かに羞恥を覚えたのはきっと気のせいだろう。
普段見慣れない姿を見れたことや、行ってみたかった場所に行けるという高揚感に少し変になっているのかもしれなかった。
水族館へと移動するために二人並んで駅のホームに並ぶ。
「こうやってお休みの日に出掛けるのも新鮮だよねー」
「たしかにな。普段は土日に遊びに行くようなことはないしな」
"2番ホームで電車が通過いたします"
場内アナウンスが流れ、電車が目の前を高速で過ぎていく瞬間、ガァンとどこかから音が響くと同時に果彌の手を引き立ち位置を入れ替える。
目視ではなく感覚に身を任せて手にした鞄を盾のように前に掲げて飛来物を受け止めていた。
鞄の中のタブレットとぶつかり、カァンと手元で甲高い音が鳴るが衝撃は軽い。
勢いよく弾き飛ばされた飛来物は弾き飛ばされ、カランカランと音を立てて転がる。
あれは缶コーヒーの空き容器か。
我ながら人外じみた反応速度になってきたが、これくらいなら大したことはない。
『1ポイントを追加いたします』
やはり死の因果である。
常に身構えていたからこそ、反応は可能だった。
最近わかってきたことだが、常に予兆となるものに対して意識を割いていれば反応は難しいことではないということだ。
常に周囲からの飛来物、音などの予兆を検知するために五感への意識を3割、その他日常生活への意識を7割、3:7の配分を保ち続けることがコツだ。
そして、死の因果は文字通り殺意そのものであり、一手一手が即死を齎すということを考えれば自ずとパターンは見えてくる。
暴走車のようなどこに当たっても死に直結するようなパターンと、飛来物のような小型の物が当たって死につながるようなパターン。
前者はいうまでもなく、巻き込まれないように回避するか、庇って身代わりになる以外は手はない。
しかし、後者は殺意が高いからこそ、コースが限定されるのだ。
頭か、心臓周辺。
大体はその二つに限定されるからこそ、見極めるのが容易なのだ。
今回の事例についても予想は外れることはなく、果彌の手を引いて 元々頭があった場所をズラし、自分の体で射線を遮れば果彌の死ぬ確率は0になり、自分は二分の一の確率で防げるのだ。
鞄で防げるかどうかは山勘に近いが、そのためにも鞄が盾になれるように常にタブレットを鞄の中に入れている。
本当は鉄板でも入れておきたいのだが、万が一職質でもされたら言い訳ができないので苦肉の策であった。
「え?
なになに?
今なんかあった?」
小さく首を振って、いつの間にか立ち位置が変わったことに目を瞬かせている。
「ごめん、通過電車の風がすごかったから位置変わったんだけどちょっと勢いつけ過ぎちゃったかも。
痛くなかった?」
果彌に不安を抱かせたくはない。
何もなかったのだ。
楽しい休日を過ごしてもらうためには不要な情報は遮らせてもらう。
「うん、それは大丈夫だよ。
そっか、なんか気を使わせちゃってごめんね」
不安からか俺の手を優しく繋いでくる。
腑に落ちないと思いつつも、疑問を飲み込もうとしてくれることに内心で感謝する。
彼女も馬鹿ではない。
疑問に思いつつも何も聞かずにいてくれるのは信頼してくれているからだ。
「こっちこそ、ごめんな」
後ろめたさと感謝を抱きつつ、手を握り返すことしかできなかった。
***
死の因果の事故のせいで少しばかり変な雰囲気になりかけたが、電車に乗り、歩きながら話しているうちに暗い雰囲気はいつしか消えていた。
「しゅうくんとこうやって休日に手を繋いで歩けてるなんて幸せすぎて明日死ぬんじゃないかって怖くなってくる……」
ボソリと小さく呟くが、それは本気で洒落にならないし、冗談じゃ済まないからやめてくれ。
他の誰が言ったところで冗談でしかないが、果彌だけはそれが冗談では済まない。
「そのときは俺が助けるよ」
努めて軽い口調で、果彌に気負わせないように微笑みかける。
何があろうと、命をかけてでも守るよ。
そんな覚悟は彼女は知る必要はない。
「うん、ありがとう」
ぎゅっと手のひらから伝わる力が大きくなる。
大事な人と心が通じ合う感覚に不安になる。
きっとこれは俺が受けていいものじゃない。
いつかきっと手放さなくてはいけないものなのに、俺はどうしてこんなにも幸福を覚えてしまうのだろう。
己の浅ましさに嫌気がさす。
「どうかした?」
わずかに顔に出てしまったのか、果彌が覗き込むようにこちらを見ている。
忘れろ。
今だけは忘れてしまえ。
きっと果彌はこんな自分を望んでいない。
果彌の前では理想の自分でいたい。
たとえそれが偽りだったとしてもキミには笑顔でいてほしいから。
「不安になる気持ちも少しはわかるなって思ってさ」
彼女が優しすぎて、こんな自分でも幸せになれるんじゃないかって勘違いしてしまいそうになるから。
「しゅうくんはさ、普段とっても冷静でずっと無表情なつもりなんだろうけど、実は全然隠せてないんだよね」
突然立ち止まり、果彌はくるりと回ってコチラを向く。
「何がだ?」
「その顔!」
伸ばされた指先で鼻先を突かれる。
「笑ってるのに笑ってないし、たまにどこか遠いとこ見ながら話してるその感じ」
「そんな顔してたかな」
内心を見抜かれたような気がしてわずかに心臓の鼓動が速くなる。
「してるよー。
私がどんだけ見てきたと思ってるのさ」
優しい微笑みに引き込まれそうになり、言葉が出ない。
「でも、良い女である果彌ちゃんは何も聞きません!
だからさ、いつか話してもいいって思った時に聞かせてほしいな」
そう言って再び前を向き、手を繋ぎ直して歩き出す。
「よーし、水族館にいくぞー」
返事はいらないよ、と言うかのように明るい声で笑う。
彼女は本当に眩しすぎる。
望んではいけないことを望んでしまいたくなる。
泣きたくなるほど優しいから勘違いしそうになってしまう。
「水族館楽しみだな」
手を引かれたままこのぬるま湯のような幸せに浸り続けるのもいいのかもしれない。
そんなことを思ってしまう自分を殺したくなった。
いつか消えてしまうものなら知らずにいたい。
そんな気持ちを忘れるほどに、その優しさが自分を壊す毒に思えてならなかった。
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