3-1話、逃げ道なしのピ〇ゴラスイッチ①
全身が痛すぎてやばい。
痛すぎて気持ち悪い。
意識が戻ったのはいいが、痛みに狂って叫び出したくなる状況といえばわかりやすいだろうか。
まあ、時速100キロ越えの車に吹っ飛ばされて内臓破裂と全身骨折だらけだと聞いたので生きているだけ儲け物なのだろうが、痛いものは痛い。
不幸中の幸いだったのは上半身の怪我が酷い割には足の怪我は軽く骨にヒビが入っていたくらいで済んでいたことだろう。
「大丈夫?」
そして、何よりも問題なのは心配そうに今にも泣きそうな表情で甲斐甲斐しく世話をしてくれる彼女の前で痛いと言えないことだ。
そんな泣きそうな顔されたら正直に痛すぎて狂いそうなんて言えるわけがないのである。
「ああ、うん、まぁ……だいぶ落ち着いたかな」
嘘である。
実際はとんでもなく痛い。
痛くて仕方なくて、脂汗が常に吹き出しているレベルであった。
ここまできたら完治するまで嘘を突き通すことを心に誓う。
「それならよかった」
ほっとした表情ではあるが、その表情には隠しきれない暗い感情が見える。
負い目を感じている今の彼女には気にしなくていいと言っても無意味であろう。
現に毎日時間が許す限りお見舞いに来て世話を焼いてくれるのだからその心情は察せないわけがなかった。
こちらとしてはあのときの世界の意思っぽい声が発した因果とやらのことを考えると一緒にいた方が庇いやすいので都合が良い。
あのとき聞いた『あなたが助けなければ少女は死にます』といった声は幻聴とは思えない。
実際に聞いてみればわかる。
あの脳に直接叩きつけるような声はとても幻聴とは思えない。
理性では今際の際の幻聴と思っても、本能のような深いところで本物の人知を超越した何かであったと理解させられている。
だからこそ、次はいつ彼女に不幸が訪れるのかがわからない上に、現状まともに動けないので焦燥がにじみ出てしまう。
死の因果とはどのようなものなのか……。
いつ起きるのかもわからない恐怖。
一緒にいられるときならば、どんな手を使ってでも守る覚悟はあるが、今の自分はまともに動くこともできない。
このような状況で果彌を一人で出歩かせてしまってもいいのだろうか。
不安を表情に出さないようにすることしかできないことが歯がゆかった。
「そんな顔すんなよ。
俺もお前も生きてんだからさ」
果彌は一瞬気まずそうな表情を浮かべ、次の瞬間には眉を寄せて複雑そうな表情に変わる。
これは言い返したいけど何を言っていいかわからない顔だなと察する。
「いろいろ言いたいことたくさんあったけど、今はやめとく」
頬を膨らませて上目遣いに睨みつけられても可愛いだけである。
「あ、そうだ!
出れてない授業については全部ノート取ってあるから……あ、」
ゴソゴソと鞄を漁り、取り出して渡そうとした手から滑り落ちたノートが"運悪く"ナースコールの上に落ち、ノートが跳ねるようにして放物線を描いて飛んでいく。
予想だにしない放物線を描いたノートは"運悪く"花瓶へと当たり、倒れた花瓶が落したノートを拾おうとかがんだ果彌の頭へと落ちようとした瞬間、強引に彼女の腕を引いて胸に引き寄せる。
「ぐぅっ!」
がしゃんと、花瓶が床に落ちて割れた音が響き渡る。
骨折した腕を使ってしまったことで血反吐を吐きそうなくらいの激痛が走る。
さらに引き寄せて受け止めた彼女の頭が手術したばかりの傷跡の上になってしまったことによる激痛で気が狂いそうになるが、辛うじて悲鳴を噛み殺す。
目の前が真っ白になり、意識が飛んでも激痛で意識を取り戻す無限ループのような状態だが、表情に出さないように必死にこらえる。
小さく呼気を漏らし、痛みを無視して腕の中の彼女に大丈夫かと問おうとした瞬間、唐突に目の前が歪む。
それは意識の歪みではなく、空間の歪みだった。
目の前の現象が現実であるのであれば、間違いなく世界そのものが歪んでいる。
ありえない現象と同時に、体の痛みはなくなり、またあの事故のときのような周囲の景色がゆっくりと進むような感覚に襲われていた。
『おめでとうございます。
2回目の因果破壊に成功しました』
聞き覚えのある無機質な声。
耳ではなく、脳に……否、魂に直接叩きつけるような不快感を覚える声だった。
朦朧とした意識の中で聞いたあのときの声はやはり妄想や幻聴の類ではなかったのだなとあらためて思う。
元々、妄想の類にしては脈絡もなく、死の間際の無意識のものとも思えなかったので何か神の啓示の類だと考えていたが、どうやら合っているのかもしれない。
まるで自分だけがスローモーションの中で普通に動けてるような目の前の光景はとても現実のものとは思えず、超常現象であることを雄弁に証明していた。
『2回の因果の破壊に成功した貴方には新たな情報が開示と、1ポイントが付与されます』
「情報に、ポイント……?」
無機質に、こちらの反応などお構いなしに淡々と言葉が続けられていく。
事実として、こちらの反応など求めてはいないのだろう。
「本来の道筋では、因果彌という少女の因果には未来が存在せず途切れておりましたが、貴方によって破壊されました。
しかし、因果……決められた結末を覆すことは容易ではありません。
世界は死んでいるはずの人間が生きているという矛盾を修正するために、彼女が死んでいるという本来あるべき姿に戻すために因果を収束させようとします』
淡々と恐ろしいことを告げる声。
同時に先ほどの現実味のない、偶然と呼ぶには出来すぎた花瓶の落下もその因果の収束だというのであれば納得がいく部分もあった。
『しかし、二度の死の因果の回避というありえてはならない矛盾は、世界の意志ともいえるものにすら疑問を抱かせました。
そう、それは本来ありえない世界というシステムのエラー。
生きている事実が真実で、死のはずだったという未来こそが間違いだったのかもしれないと、貴方は人の身でありながら世界を欺き、疑念を抱かせたのです』
無機質だった声にわずかな感情が見え始める。
声の質は変わらないのに、機械的ではなくどこか人間臭いような気がした。
『この偉業を称え、世界の意志は貴方に機会を与えます』
「機会……?」
嫌な予感がする言葉に思わずオウム返しのように言葉を漏らす。
『人は人である限り因果に囚われ、逃げることのできない終わりに向かう生き物ですが、貴方だけは唯一因果に囚われず未来を変えることができる存在となりました。
ゆえに、世界は貴方が心から望んだあの少女の存命という望みを叶えるために、世界のシステムに囚われない貴方とあの少女が持つ途切れた因果の鎖を結合させ、死の因果から脱却させる機会を与えます』
声は無機質だというのに、それはまるで歌劇を披露する役者のような仰々しさすら感じる。
仮にこの声の主が人の形をしていたのであれば両腕を大きく広げて喝采するかのような仕草をしていたのかもしれない。
だが、告げられた言葉が真実であれば文字通りのチャンスだった。
『ルールを説明します。
一つ、貴方が死ねば共生する因果も破損して、途切れた因果によって少女は死に至ります』
ルールとはまた大層な表現だなと皮肉めいた返答をしたい気持ちである。
この超常現象の主、あるいは世界ともいうべき存在は束収護という存在を盤面におけるゲームの駒として弄ぶつもりなのかもしれない。
その証拠に一つ目のルールからして悪辣にも程がある。
『貴方は本来ならば70歳になるまで死ぬことがない因果を持った存在でしたが、因果という世界のシステムから逸脱したことによって、因果に守られずにいつでも死ぬことが可能な存在になっております。
これからは常に死の危険が伴うことになると補足しておきます』
言われずとも元々が70歳まで生きていられる予定だったことなど知らなかったのでこちらとしてはどうでもいい情報である。
『二つ、少女には定期的に死を誘発する不幸が訪れます。
貴方は本来ならば存在しないはずの因果を補填する存在となっていますが、いくら貴方が因果に囚われない特異な存在だとしても本来なら死んでいるはずの少女の因果を覆すほどの補填ができるわけではありません。
発生する不幸の致死率を下げ、頻度を緩やかにする程度だと認識してください』
思わず舌打ちをしてしまいそうになる。
聞けば聞くほど何も解決していないことが分かってしまう。
「その頻発する不幸で俺が死んだ場合、自動的に果彌も死ぬということか」
『その通りです。
仮にその時に死を回避しても、貴方が死んだ時点で少女は間もなく確実な死が訪れることでしょう』
思わずこぼれ落ちた言葉に反応する世界の意思。
こちらの反応など気にせず喋り出すだけの存在だと思いきや、普通に受け答えもしてくれるのだなと少し驚く。
「一つ聞きたい。
さっきの花瓶が当たるのを防げなかったらどうなっていた?」
答えてくれるのであれば今のうちだと思い、疑問を投げかける。
『花瓶は頭部に当たり、2日後に急性硬膜下血腫により死亡しておりました。
少女の死を知った貴方は守れなかった自身を憎悪しながら自殺しようとしますが、因果に囚われた貴方は死にきれず半身不随となった状態で失意のまま生涯を終えることとなります』
なぜ俺の末路まで語るのだという疑問はあったが、自分を憎んで自殺というのは信憑性がありすぎた。
間違いなく自分ならやるだろうという確信すらあるが、そこまでやって死ねないという残酷な現実がきつかった。
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