15話、嵐の前の小事
有達から謝罪を受けたあの日、彼女の態度や言葉にも驚いたが、それ以上に大変なことがあった。
その日は一度も死の因果による事故が発生しなかったのだ。
結果的には何も起きていないため、大変ではないのかもしれないのだが、これまでの重ねてきた検証結果がすべて無駄となった可能性があるということが最大の問題であった。
これまでは果彌と会えば大小問わず必ずと言っていいほど不幸な出来事が襲いかかってきていた。
先日、日に二回というイレギュラーも発生していたが、それでもこれまでは会ったタイミングから12時間以内くらいでランダムに死の因果が襲いかかってきていたと断言できる。
しかし、ここにきて24時間が経過して0回というあまりにも規則性から外れた出来事が起きている。
まさかこちらが法則を見破ったと見て、世界の声が発生条件を変えてきたのだろうか。
さすがにここまであからさまに干渉してくるとは思いたくはないが、こちらの苦難と選択を観察して楽しんでいるであろう存在ならばやりかねないという思いもあった。
「俺は今日死ぬかもしれないな……」
こんなにも目覚めたくなかった日は初めてかもしれない。
もしもこれまでとは発生条件だけがおかしくて、溜まっている因果はそのままであったのならば、今日は恐ろしい出来事が起きる。
また一度目のような大事故があったとしたら、今度こそ死ぬであろう。
いや、下手をしたらポイントがある分死にきれず、死ぬより大変なことになる可能性すらあるのだ。
半身不随などにでもなってしまえばポイントがいくらあろうとどうにもならなさそうだ。
「おはよー」
こちらを見るなり、ニコニコと笑顔になって駆け寄ってくる果彌。
そこにお約束のように迫ってくる車があった。
瞬時に駆け寄り、果彌の腕を掴んで強く引いて抱き寄せれば、間一髪で車が通り抜けていく。
やはり、歩行者がいるのに一切スピードを落とさない暴走車だった。
「ふぅ、危なかったな。
お前は注意散漫すぎる。
もう少し周りを注意して見てくれ」
そうは言うものの、死の因果を相手に注意力がどれほどの役にも立たないことはわかっているが、気をつけるに越したことはない。
『1ポイントを追加いたします』
案の定、聞き慣れた脳内アナウンスが流れてくる。
これで1ポイント……?
これまでと比べたらあまりにもヌルい。
この声が聞こえた以上、いったんはここで回避できたということなのだろうが、違和感が拭えない。
「ごめん」
しょんぼりと申し訳なさそうにしているが、いつの間にか果彌の腕が腰に回されて密着どころか抱きしめられている。
今更意識することはないが、胸の柔らかい感触も服越しに伝わり、どうしたものか。
「動けん」
いろいろと言いたいことはあるが、それはそれとしてこのままでは身動きが取れない。
「合法的にしゅうくんに抱きつくチャンスを逃すなんてできるわけない!
今のうちに堪能してやるー」
うえへへーと、変な笑い方をした果彌が優しく顔を押し付けて何やら言っているが、このノリは一体なんなのだろうか。
怪我が治りきっていないところは避けてくれているので痛みはないが、こういう時はどうするべきなのだろうか。
しゅうくんという新たな呼び名といい、これといい、果彌の奇行がレベルアップしているのは気のせいと思いたい。
「どうしたもんか」
何やらえへえへ笑っている彼女をこのままにしておくといつまでもこのままになりそうだ。
道すがら、同じ制服を着た学生たちがこちらを見ては何か言いたそうな顔で通り過ぎていく。
あの顔は見覚えがあるのでよくわかるが、バカップルうぜーとか思われてるやつだろう。
その認識自体が誤解でしかないのだが、側から見ればそう見えてしまうのも無理はない。
そんな通り過ぎる学生が多くいる中で、中には立ち止まってこちらをじっと見ている人もいる……というか有達だった。
なんかすごい複雑そうな、なんとも言えない表情をしてる気がするが、どうしたのだろうか。
やはり彼女も最近の果彌の奇行に戸惑いを隠せないのかもしれない。
視線が合うと気まずそうにゆっくりと近寄ってくる。
目があったのなら仕方がない。
逃げ遅れたとでも思ってそうだ。
「おはよ」
「あ、友ちゃんおはよー」
抱き付く力は緩めないまま自分を挟んで挨拶をかわしている。
目線で果彌をどうにかしてくれないかと促す。
自分から引き剥がそうとするとすごい悲しそうな顔をするので、とてもやりにくいのである。
「はぁ……仕方ない。
果彌、このままだと遅刻するから行くよ!」
有達は果彌の腕を引き剥がしてズルズルと引っ張っていく。
異性の自分ではやりにくいのでとても助かる。
チラリと有達と目を合わせれば、借りを返したいだけだからとでも言いたげな顰めっ面の表情である。
深読みしすぎなのかもしれないが、当たらずとも遠からずだろう。
「ところでさ、気のせいだと思うんだけど……なんかしゅうくんと、友ちゃん仲良くなってない?」
唐突に果彌の口から出てきた言葉はいつもの彼女らしくない僅かに暗い響きがある。
「そうか?」
「そんなことない!」
軽く返した自分に対し、有達は食い気味に否定している。
ちょっとだけ悲しい。
なんだかんだで付き合いが長いので全否定は少し残念である。
「あ、違くて、そうじゃなくて!
束もそんな顔すんな!」
一切表情を変えてないつもりであったが、どうやら残念だという気持ちが顔に出てしまっていたようだ。
「この前、たまたまちょっといろいろ話すことあってさ、こいつも変わってるんだなって見る目が少し変わっただけで、深い意図はないから果彌もそんな目で見ないで……」
わたわたと慌てて言い繕っている。
この位置からは見えないが、果彌はどんな目をしているのだろうか。
「友ちゃん、ダメだからね?」
なんかゾワっときた気がする。
声は明るいのになんとなくいつもと違う果彌の声。
「はい」
引き攣った顔で神妙に返事をする有達には果たして何が見えているのか。
それはついぞ分かることはなかった。
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