16話、揺蕩うは、かつての無価値な伽藍堂③(過去)


「最近果彌に世話焼いてるやつってあんた?」

放課後になり、いつものように図書室に向かおうとすると、見慣れない女子が声をかけてきた。

果彌とは誰のことを指しているのか一瞬分からなかったが、因さんの下の名前が果彌だったような気がすると思いだす。

視線や表情からもすぐにわかるほどに敵意をむき出しにされているが、一体どのように自分のことが伝わっているのかが少し気になってしまう。


「世話を焼いているというのはわからないけど、勉強を教えているというのであれば俺のことだろうな」

「単刀直入に聞かせてもらうけど、なんでそんなことしてるわけ?」

目つきを鋭くして睨みつけるように問う。

言葉遣いからもわかるが、どうやら随分と警戒されているようである。


「前に助けてもらったことがあるから、その恩を返したいだけだ」

特に隠す必要はないため、正直にそのまま隠すことなく返答するが、なんとなく珍獣を見るような目に変わったのは気のせいだろうか。


「聞きたいことはそれだけか?」

それ以上の会話を望んではいないため、返事を待たずに会話を遮る。

これ以上は時間の無駄でしかなく、さっさと会話を終わらせて図書室に向かいたかった。


彼女の学力向上カリキュラムはまだ結果が出ていない。

少しでも時間を効率的に使わなければ期末に間に合わなくなってしまう。


「へー、じゃあ私もついていっていいか?」

「邪魔しないのであれば構わない」

頷き、二人並んで図書室へと向かう。


「あ、きたきた!

今日も勉強するよー!

って、友ちゃんじゃん!どうしたのー?」

こちらを見つけて駆け寄ってくる彼女のテンションの高さに圧倒されそうになるが、表情には出さない。

この明るさこそが自分のような勝ちのない人間でも生きていていいんだと思わせてくれる。


「あの果彌に勉強を教えてるっていうから、どんな勉強してるか気になったから見に来てみたのよ」

こちらへの敵意剥き出しの声とは違い、随分と態度が違う。

おそらくはこちらが本当の姿であり、心当たりはないが自分は相当に嫌われているらしいと察する。


「あのって何さー!

めちゃくちゃ失礼なこと言われてる気がするよ!」

含むところたっぷりの物言いに彼女はため息混じりに息を吐く。

あの壊滅的な学力と集中力を知っているのであれば言われても仕方ないだろうなという言葉は飲み込んでおいた。


「時間がもったいないから始めよう。

昨日までに学習した数学の続きからになるけど、中一の中盤から後半までの計算問題を作ってきたからこれをやって欲しい」

カバンを漁り、15枚ほどの紙束を取り出して手渡す。


「はーい……」

げんなりとした元気のない返事だが、嫌だとは言わない辺りはいつものことである。

嫌そうにしつつも、弱音を吐かず文句は言わない。

できる限り頑張ろうとする姿勢は誰からも好かれる理由の一つだろう。


「今回は少しやりやすいように問題は作ったから、まずは頑張ってみて欲しい」

計算をするにしても公式に慣れさせることを念頭においた現段階の彼女の学力に合わせた手作りの問題集である。

これまでの経験からつまづくところはわかってきているので、細かいところに解説や解法をわかりやすく書いておいた。


「わかった!

わからなくなったら聞くね!」

早速問題に取り掛かる彼女の手元を友ちゃんと呼ばれた女子が覗き込む。


「うわ、すげ……なにこれ書き込みえっぐ!」

「ね!すごいよね!

これ全部束くんが作ってくれてるんだよ!」

思わず友ちゃんと呼ばれた少女が呟いた言葉に反応して手を止めてしまう。


「勉強の邪魔をするなら出て行って欲しい。

何か気になることがあるなら俺が答えるから、因さんは問題を進めてくれ」

ただでさえ期末まで時間がないのだ。

まだ今の授業のところまで進んですらいないのに立ち止まってもらっては非常に困る。

結果を出さなくては自分が彼女にとっての益になる存在だということを証明できず、恩を返すことができなくなってしまう。

それだけは避けなければならない。


「はーい」

「あ、邪魔してごめん」

返事をして再び問題に取り掛かる彼女に謝り、静かに離れてこちらにくる。


「あれってお前が作ったの?」

「あの問題用紙についてならそうだな」

勉強をしている彼女の邪魔をしないように声を潜めて互いに声を出す。


「なんで果彌のためにそこまでするの?

あの子はあんまり理解してなさそうだけど、あの問題作るのに相当時間かかってるのなんて見ればわかるし」


「勉強を教えて欲しいと頼まれたからだ」

恩返しであって、何がして欲しいかと聞いて返された願いがそれだからにすぎない。


「好きなの?」

「好きというのが、恋愛的な好意を示しているのだとしたら違うと言おう」

この年代の女子はすぐに恋愛などに繋げようとすると何かで聞いたが、どうやら本当のようである。

恋だの愛だのそんな不確かでよくわからない感情では決してない。


「へー……なるほどね。

あんたはこういうやつなんだね」

口元を歪めて何かに納得を示しているが、特に興味もないので反応することはない。

所詮は自分にとっても彼女にとっても友達の友達でしかない。


「あんたは大丈夫そうだからいいや。

一応自己紹介しとく。

私は有達友理。仲良くすることはないだろうけどよろしく」


「俺は束収護。よろしく」

彼女も仲良くする気ないと言っているのでお言葉に甘えて最低限の自己紹介をしておく。

彼女の友達とあればあまり無碍に扱うのも良くないと判断したゆえであった。


「あいつさ、ポンコツだけどすごい純粋なやつだから泣かせないでよね」

その瞳は唸りながら問題を必死に解く彼女を見て、自分に向けられた視線とは違うとても柔らかいものであった。


「泣かせるつもりはないし、さっきも言った通りただの恩返しだ」

「それならいいけどさ」


それを最後に有達からの言葉は途切れ、図書室には静寂が戻るのだった。

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