第3話
「え………………?」
その一瞬で、俺は軽く頭の中がパニックになった。
花みんに会ったと思った部屋を使っていたのはクラスメイトの花見で、その花見は花みんと同じ青い瞳をしていて。
――これは一体、どういうこと??
その時。カンカンカンと煩かった音が止んで、遮断器が上がった。
瞬間。花見は遮断器の向こう側に向かって走り出した。そして、渡り切ったところでこちらに振り向くと、両手でリュックの肩紐を握りしめながら、少し前かがみになって、俺に向かって勢いよく話しかけた。
「さ、さ、佐野くんっ! またねっ!」
その顔はやっぱり赤いままに見えて。人見知りな女の子が一生懸命勇気を出して話しかけたように見えて。
「ん、お、おう!」
反射的に俺が返事したのを確認すると、花見はふわっと安堵したような笑みをこぼしたように感じた。そして小さく手を振ると、くるりと前に向き直して走り去ってしまった。
その後ろ姿を見送りながら踏切を渡り切った俺は、なぜかそこで立ち止まってしう。
――今の花見……なんかめっちゃ可愛かったんだけど。
腹の奥から何か分からない感覚が込み上げてきて、俺の顔が微かに熱を帯びるのを感じた。それは、画面越しに見る花みんに対する好きという気持ちとも違って、道で見かける猫への可愛いと思う気持ちとも違う。
それは、恋だなんて言えないけれど、恋じゃないとも言えないような、そんな淡くて微かな気持ち。
ただ、なんとも思った事のなかったクラスメイトに対して、ちょっと可愛い女の子だと思った瞬間だったことには間違いなかった。
家に帰って遅い夕食を済ませると、いつも通りPCの電源を入れた。そして、花みんの今日のライブ配信のアーカイブ(録画配信)を開く。
『こんばんはー! 花みんだよ。今日もみんな、来てくれてありがとー!』
いつも通りゆる―い感じで花みんのライブ配信がはじまった。その姿はいつも通り金髪ボブに青い瞳。
『わー、春巻きだいこんさん、スパチャありがとうございまーす』
『わ、ミニチュアだっくすさんも、ありがとうございます』
そしておなじみとなった、開口一番にはじまるスパチャの嵐。
挨拶しただけでこれなのだから、その人気が伺える。
そしてそれを見ていて思った。やっぱりこの花みんが花見なわけがないよなぁ。
花見だったらこんな風に笑顔を振りまくこともないだろうし、こんなにたくさんの視聴者相手に話せるとも思えない。金髪ボブのウィッグも、青いカラコンもイメージとはかけ離れている。
けれど画面に振るその手の振り方が、どことなくあの踏切で俺に振った花見の手を思い出させた。
『佐野くんっ! またねっ!』
たったそれだけの言葉。ただそれだけの言葉を、花見は勇気を出して言ったように聞こえた。
ただそれだけだったのに――俺にはすごく、可愛く見えた――。
そのことを思い出してなんとなく腹の中がむず痒くなったのを感じた時、画面の中からガチャッという音が聞こえて花みんが横を向いた。
そして――あのポーズをした。
俺が花みんを部屋の中で目撃した時と同じ、人差し指を唇にあてて、『話さないで』というようなポーズ。
しばらくするとまたガチャッとした音が聞こえたと思ったら、花みんの顔がみるみる赤くなって、首まで赤くなっていた。
その姿は花見が俺の言葉に首まで赤くした時の雰囲気と重なった。
そして。
『びっくりしたよー。一瞬、店員さんが入って来ちゃったの。部屋間違えちゃったのかな』
そんな事を言っていて。
……どうやら俺が妄想だと思っていた花みんは、本物だったようだ。
だとしたらもしかして――
『あぁ、知ってる。花みん可愛いよな。花みんは、俺が今一番好きな配信者――』
俺のその言葉に顔を赤くした花見は、もしかして、花みん本人だったのだろうか??
もしもそうなら俺、恥ずかしすぎないか?
――俺はまた、頭を悩ませる事になったのだった。
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