第21話

 そうして、俺達は正式に付き合う事になった。とはいえ俺も花見も誰かと付き合うというのは初めてで、何をどうしたら付き合うということなのかというのはピンとこなかったけど、俺が『付き合ってください』と言って、花見が『はい』と答えてくれた、ただそれだけで、以前に増して二人の絆が深まったような気がするから不思議だ。


 相変わらず俺は花見の事を『花見』と呼んで、花見は俺のことを『佐野君』と呼ぶ。けれどLINNEの中ではお互いに名前で呼ぶようになった。そのうち自然に、会っている時も名前で呼ぶようになったらいいなと思うけれど、まだ照れくささが勝ってしまっている。


 少しずつ、二人のペースで仲を深めていけたらいいなと思う。


 そして花見は、俺と二人で過ごす時はメガネを外すようになった。吉崎たちグループと仲良くなったこともあり、花見の雰囲気が以前よりも明るくなったように感じられる。


 クラスのみんなも花見におはようと話しかけるようになり、それに応える花見の表情も徐々に柔らかくなった。もうすっかり以前の"真面目で話しかけづらい地味なクラスメイト"という印象はなくなってきたように思う。


 そんな穏やかな日々を過して数週間が経った今日は、花見とのデートの日。

 俺は待ち合わせ場所に早く着いてしまったので花見が来るのを待っている。


「あ、りょう君。お待たせー! 早かったね」


「ん、あぁ、花見。なんか早く着いちゃった」


 最近、花見の俺の呼び方は、“佐野君” から“りょう君” になった。会っている時に名前呼びをするのは意外にも花見の方が早かったけど、もともと花見は心の中では俺のことを『りょう君』と呼んでいたと言っていたことを考えると、自然なことなのかもしれない。


 花見とのデートは今日が数回目だけど、これは菅林の影響なのか、花見の服装が最近おしゃれになってきて、その可愛さが会うたびに増していると思う。そして花見は俺と会うなりメガネを外して、にこっと笑った。


 最近の花見は、“俺と二人きりの時だけ” から、“俺と一緒の時は” メガネを外すようになった。俺と一緒にいると店員や通行人がいても平気になってきたらしい。


 そんな花見はもう完全に、俺が推してた花みんの時の花見よりも可愛いくて、こんな可愛い子が俺の彼女でいいのかなと思う時もあるけれど、花見は誰よりも俺を特別に思っていて、俺のことが好きで仕方がないというような仕草や空気を出してくるからたまらない。


「じゃあ、行こっか!」


「おぅ」


 そうして自然と手を繋ぐと、花見はそっと俺の肩に花見の肩を寄せて、まるで『大好き』と言っているような視線を俺に向けて嬉しそうに微笑んだ。


(はぁ、もう、俺の彼女が可愛すぎる……)


 そう思うのはもう、何回目なのだろう。



 そうして二人で向かったのは、俺のバイト先であるカラオケ。

 今日は店員としてではなく、客として向かう。


「いらっしゃいませー。あれ、佐野じゃん。何、可愛い子連れて。彼女?」


 自動扉をくぐるなり、カウンターにいた店長に話し掛けられた。


「はい」


「なんだ、佐野も隅におけないなぁ。そんな可愛い子、どこで見つけて来るんだよ。いいねぇ、青春って感じで」


 笑いながらそう言う店長は、たぶん花見がこの店の常連であるということに気付いていない。

 確かに花見がひとりで来ていた時は、メガネとマスクとカジュアルな服装という地味モードだったもんなぁと思う。



 受付を済ませてゆっくりと花見とカラオケルームに向かう。


「ふぅ――」


 部屋に入るなり、花見は緊張を逃がすようにゆっくりとため息を吐いてから、椅子に座った。そして金髪ボブのウィッグをつけて、ブルーのカラコンを入れ、花みんの姿へとなった。


 さっきまでのにこやかな笑顔はもうすっかりと消えて、少し緊張した表情に変わっている。そして真剣な瞳で俺に言った。


「りょう君。恥ずかしいけど……今日は大事な日だから、傍で見ててね」


「うん」


 そう、今日の花みんとしての配信は、花見の決意を視聴者に聞いてもらう大事な配信。それに立ち会うために俺も来た。

 

 俺が花見の言葉に頷くと、花見はスタンドに立てたスマホアプリのスタートの表示を、少し緊張で震える指でタップした。


 俺はその様子を、決して画面に映らない角度に座って固唾を飲んで見守った。


 


「こんにちはー! 花みんだよ。今日もみんな、来てくれてありがとー!」


 少し前までは画面の中でしか知らなかった俺の最推しの花みんの生配信が、今、俺の目の前ではじまった。


「あー、春巻きだいこんさん、今日もスパチャありがとうございます」


「ミニチュアだっくすさんも! ありがとうございます」


 少し久しぶりの配信だからもあるのだろうか、スパチャの数が以前より増していた。


 そして、スパチャの波がひと段落した頃。花みんとしての花見の表情は、さっきまでよりももうひと段階、緊張を帯びた顔つきになった。


 きっとスマホの画面には映っていないであろう花見の両手が、ぎゅっと握りしめられていてる。


「今日は、みなさんにお礼と、大切なお話があります」


 花見が胸に手を当てて画面に真剣な眼差しを送りながらそう言うと、画面の中では『どしたのー』『花みん頑張ってー』『今日も可愛いよ』いろいろなコメントが次々と流れていく。


 そして花見はまた、ゆっくりと息を吐いてから、大切な言葉を口にした。


「みなさん、今日まで、たくさん見に来てくれて、支えてくれて、ありがとうございました!!」


 言い切った花見の目には、うっすらと涙の膜が出来て、赤くなっている。


『え、なに、どしたの』

『まさか引退するとか言わないよな!?』

『花みん、愛してるよー!!』


 花見のその言葉と表情に、また流れはじめるコメントに、花見は『うっ』と言葉を詰まらせ、その瞳の中の涙はさらに滲んで来ているように見えた。


「たくさんのコメント、ありがとう。この配信を始めた最初の頃は、見てくれる人はほとんどいなくて、ただの私の独り言みたいな配信でした――」


 少し花見は視線を床へと落として、ゆっくりと言葉を選びながら吐き出していく。


「それが今、こうしてたくさんの人が見てくれるようになって、コメントももらえるようになって、嬉しさと感謝でいっぱいです」


 そこまで言い切った後、花見はしっかりと画面に視線を向けた。その瞳には、今にも涙が零れ落ちそうなほど溢れて来ていた。


「けれど、今日、私は花みんとしての活動を最後にすることにしました」


『え? ウソでしょ、花みん!!』

『いやだ!!』

『っていうドッキリ??』


 途端にさっきまでよりも、コメントがすごい量で流れ始める。いつもならそのコメントをそっと回収していく花見も、今日ばかりは自分の言葉をそのまま吐露していく。


「私ね、この配信を始めた頃は、今よりももっともっと話すのが下手で、話し相手も家族くらいしかいなくて、ちょっと孤独を感じてたんだ。

 けれど、ある日私にも夢が出来て。その夢への願掛けの意味を込めて、この配信をはじめました」


 「そして最近、その夢が実現して。夢が叶った今を、大切にしたいと思うようになりました。それが、私の花みんの活動を今日で終わりにする理由です」


「私は不器用だから、きっとリアルも配信も両方という事は出来ないから。どっちつかずになって、せっかく私を好きだと言ってくれるここのみんなに失望させたくないから、だから、引退する事を決めました」


 花見の瞳に溢れる涙は、いよいよ粒となって頬を伝って静かに流れていく。


「みんな、今までありがとう。みんなのこれから先の未来が、素敵なものになりますように。私も陰ながら応援しています!」


 最後は涙声になりながら言い切った花みんとしての言葉に、とどまる事のないコメントが流れる中、花みんの最後の配信は終了した――。




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