第20話
――放課後。花見と並んで下校する。
なんとなく気恥ずかしくて、ドキドキとしながらしばらく無言のまま歩いていた。学校から離れるにつれ、人通りも徐々に少なくなっていく。聞こえるのは二人の足音だけになってきて、少しずつ緊張が和らいでいくのを感じる。
俺はゆっくりと花見に話しかけた。
「なぁ、花見?」
「ん?」
そこまで呼び掛けて、『あ』と思う。花見も少しだけ残念そうに見えた。
さっきLINNEで『そっか。りょう君呼びでもいいよ? かすみ』なんて言ったのは俺の方なのに。今まで呼び慣れているのもあって花見と呼んでしまった。けれど今更かすみと呼び直すのも変だし、ましてや本人を目の前にすると、やっぱり名前で呼ぶのは恥ずかしい。
以前、花見とLINNE交換した時、目の前に俺がいるのに花見はわざわざLINNEで話しかけて来た事があったけど、その理由が分かる気がする。対面で話すより、文字で伝える方が少し心理的ハードルが低いのかもしれない。
そんなわけで、今更かすみと呼び直すこともせず、俺はそのまま話を続けた。
「吉崎たちに誘われてたのに、そっち行かなくてよかったの? 俺とはLINNEでも通話でも話せるのに……」
特に他意はなかった。けれど花見はさっきよりもしゅんとした様子に見えた。
「今日……吉崎さんたちに買い物に誘ってもらったんだけどね、その後トイレに行って、佐野君とはどうなってるのって聞かれたから、今日会う約束してるんだって言って。そしたらうちらとはいつでも行けるから、佐野の方行っておいでって」
そう言う花見は俯いたままで。やっぱり元気がない気がする。
「そうなんだ。……なんか花見、元気ない? 吉崎の方行きたかったとか……」
「違う」
気を使って言ったつもりの言葉に、花見は間髪入れずに返事をした。ほんの少し拗ねているようにも見える。
俺……何かしたっけ。
花見って、あんまり拗ねたりするイメージがなかったから、困惑してしまう。それだけ俺に気を許し始めているということかもしれないけど、今日告白しようと思ってたのに、この雰囲気じゃそれどころじゃないかもしれない。
「あ……そっか……」
困惑した俺は、そんな返事しか出来なくて。
「うん……」
花見も一言だけ返事して、その後はしばらく無言のまま歩いた。
すると花見が急に立ち止まって、スマホを操作し始めた。
(なんだ?)
そう思って俺も立ち止まると、俺のスマホが鳴った。
かすみ:『今日、りょう君と一緒に帰れるの楽しみにしてたの、私だけだったのかな』
思わず花見本人の顔を見てみれば、花見は不安そうな上目遣いで俺を見ていて。
Ryou:『そんなわけないじゃん。俺だってかすみと一緒に帰るの楽しみにしてた!』
俺も口では言いにくい本音を、本人目の前にLINNEで言った。
かすみ:『一緒に帰ったら、声でもかすみって呼んでくれるかなって期待してたんだけどな……』
すると花見は俺の顔をちらちらと伺うように見ながらそんなメッセージを送ってきている。
あ、確かにさっき、俺が花見と呼んだ時、残念そうだったっけ。
「いや、だって。面と向かってだと恥ずかしくて」
今度は声で返事してみれば。
「……そっか」
花見は一言だけ返事した。けれど少し機嫌は直った様だ。
「じゃあさ、花見は……直接俺の名前、呼べる?」
少し恥ずかしくてよそ見をしながら聞いてみれば。
「!!……あ……恥ずかしい、かも」
急に花見は顔から湯気でも出そうなくらい赤い顔をしたから、なんか可笑しくなってしまって。
「だろ?」
そう言いながら俺は笑った。すると花見も。
「うん!」
一言返事をしながらふふっと笑った。その顔は、すっかり機嫌が直ったという感じでほっとする。
無性に花見が可愛く思えてきて、俺はそっと花見と手を繋いだ。すると花見も握り返してきて、歩きながら花見の顔を横目で見てみれば、花見も嬉しそうな顔を俺に向けた。その綺麗な顔立ちを、西に傾いた柔らかな日差しが照らしていて、より綺麗だと思った。
「今日ね、佐野君と帰れるの楽しみにしてたの。こうしてまた、手を繋いでくれるかなって思ってたから。なのに、『俺とは通話でも話せるのに、吉崎さんの方行かなくてよかったの?』なんて言うから、佐野君はそうでもなかったのかなーなんて思って、さっきちょっと拗ねちゃった。ごめんね?」
そんな事を少し申し訳なさそうな上目遣いで言って来るから、余計可愛く感じる。
なんだよ花見、俺のことめっちゃ好きじゃん。拗ねてたの、俺のせいじゃん。あぁ、俺もこんな花見が好きなのに。告るタイミングが分からない。
「あ、いや、俺も。花見が吉崎に誘われてるとこ見た時、あっちに行ってしまうのかなってもやもやしてた。通話だと、こうして手繋いだり出来ないし、さ」
「ふふ。それ聞いて安心した」
そう言って笑顔を見せた花見は、さらに話を続ける。
「今日ね、吉崎さんたちにちょっとだけメイクしてもらったの」
「そうなんだ。その割にはナチュラルメイク?」
「そうなの。私もびっくりしたんだけど、吉崎さん、将来メイクさんになりたいからいろんなメイクの研究してるんだって」
道理で今日の花見、いつにも増して可愛いなと思ったんだ。けれどギャルの吉崎がこんなナチュラルメイクも出来るとは驚きだった。花見の顔立ちの良さをうまく引き出していると思う。
「へぇー」
「吉崎さんと仲がいい
今まではただ賑やかで明るいギャルグループとしか思っていなかった吉崎たちにも、しっかり夢があるんだなと驚いた。俺にはまだ夢と言えるほどのものはない。ただ、いつか来る未来よりももっと前の今、花見に俺の気持ちをちゃんと伝えたいとは思っている。
「花見は……夢とかあるの?」
花見はどうなんだろうと気になった。
「私の夢はねぇ……まだ将来とかは考えられないけどとりあえず、人見知りを直すことと、……佐野君に可愛いって思ってもらえるようになること、かな」
花見は横目でチラリと俺の顔を見て、へへっと笑った。俺と似たり寄ったりでほっとする。けれどそんな事を言われて、俺はなんて答えればいいのだろう。
まさか、『花見は今でも十分可愛いよ』なんて、本人目の前に言うのも照れくさい。
「あーえっと、そっか。大丈夫だよ、花見は俺とも話せるようになったし、今日は吉崎たちとも仲良くなれたし。ゆっくり慣れていったらいいと思う」
だから励ましの言葉だけを伝えた。すると花見は――
「あの、ね、佐野君」
立ち止まって俺の方を向くと、ゆっくりとメガネを外して俺の目を見つめた。その瞳は少し緊張しているようにも見えるけれど、真剣で、そして俺のことを信頼してくれているように感じる。
それは以前、俺と花見が今みたいに仲良くなる前、俺が花見のメガネをずらしてしまった時に見た花見の恥ずかしさに満ちた目とは明らかに違う。――そして、やっぱり花見の目は綺麗で目を奪われてしまう。
その瞳の中に、俺が映り込んでいるのが見えて、あぁ、裸眼なんだなと改めて実感して胸がドキリとした。
「私にとってのメガネは、外と内とを少し遮ってくれるバリケードみたいなもので。人見知りの私にとってはこれがないと不安で仕方ないものだったんだけどね、今日、吉崎さんに、花見っちはメガネない方が可愛いのにな―って言われて……」
「うん」
「佐野君には……メガネかけてない私を見せたいなって思ったの。佐野くんは……メガネを掛けてる私と、掛けていない私、どっちが好きかなぁ……?」
花見の瞳は不安げながらも、真剣な表情だった。視力が良いにもかかわらず、ずっと必要不可欠だったメガネを外すという行為は、それだけ俺に対して心を開いてくれている証だと感じて胸が高鳴った。
俺が尻込みをしていてどうするんだ。俺も、花見にちゃんと俺の気持ちを示したい。そう思うと、告白するのは今だと思った。
「俺は、花見が好き」
「……え?」
「メガネをかけていても、かけていなくても、どっちの花見も好き。でも、これからもっといろんな花見を知りたいと思う。だから俺と……付き合ってください」
手をそっと繋いだまま、けれど身体は向かい合わせて、まっすぐに花見の瞳を見つめながら俺の気持ちを言葉にした。
「……はいっ」
花見は目を潤ませながら、小さな声で応えた。その瞳からは、もう不安や緊張の色は消え、喜びと安堵の色に染まっている。少しずつ込み上がる涙がきらりと輝いて、ゆっくりと零れ落ちた。
そんな花見があまりにも愛おしくて。俺は繋いだ手をそっと引き寄せて、その細い身体を優しく抱きしめた。するとお互いの胸の高鳴りが重なり合い、ふわりと感じる花見の呼吸が心地よく感じる。
(あぁ、この人が好きだ)
言葉にせずともお互いにそう思っていると心で感じる。
夕日はいつの間にか沈んでいて、ひんやりとした風が通り抜けていく。けれど俺達はしばらくそのまま時が止まったように、ただ目を閉じて。互いの柔らかな温もりに包まれていた――
――――――――――――――――――――――
ここまで読んでくださりありがとうございます!
やっと恋人同士になれました。
物語はもう少し続きますが、少しでも面白いと思っていただけたら、★かフォロ―を頂けると励みになります。
特に★は翌日のピックアップに載る条件なので、とてもとてもありがたいです。
そしてぜひ、この二人の今後を完結まで見守っていただけたら嬉しく思います!
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