第19話
あっという間に昼休みになった。いつもは昼休みになると人知れずどこかに消えている花見は、今日は吉崎たちの輪の中に入っていた。
派手なギャルの輪の中に地味な印象のある花見。普段ならきっと違和感しかない光景なのに、ギャルというのはコミュ力の塊なのかと思う。
「ねー見てみて、今日のうちのお弁当!! 卵焼き焼こうとしたらスクランブルエッグになっちゃったー!!」
「えー何それウケる!! 卵焼きと言えばさ、花見っちの卵焼き美味しそうだよね。 お母さんが作ってくれるの?」
「あ、えっと。卵焼きは、自分で……」
「え、マジ! 花見っち、その卵焼き自分で焼いたの!? 神じゃん!! おいしそー!」
花見の言葉数は少なくても会話は成立していて、楽しそうに笑い合っている。
それに花見も花みんとしての配信者としては、そこそこ人気のライバーなのだ。本来のビジュアルは整っているのだし、緊張さえしていなければそれなりにオーラがある。
そうして昼休みも徐々に時間が過ぎていくうちに、花見は輪の中にいる吉崎以外のギャルたちにも慣れていっているように見えた。
それを俺も忍たちと昼飯を食べながら遠目で見ていて、なんとも言えない気持ちになってしまう。
今まで一人でいることが多かった花見が、今は女の子のグループの中で一緒に昼飯を食べて楽しそうにしていて。それはもちろん喜ばしいことで、単純に嬉しいなと思う気持ちと……そして、もうひとつ。心に引っかかったようなこの気持ちはなんだろう?
話題はだんだんとメイクやスキンケアの話になっていて、女子特有の空気感と女子特有の会話になっていて、そこに俺が立ち入れる隙なんてものはないと実感してしまう。
例えば俺が昼休みに花見と二人で食事していたら、それだけで冷やかしの対象になりそうなのに、女同士だとごくごく自然で微笑ましい光景で。
「花見っちって、素材はいいから服とかも可愛くしたら絶対可愛いと思うんだよねー。今日うちら買い物行くんだけど花見っちも一緒に行く? 可愛いの選んであげるよ」
そんな会話が聞こえてきて、ハッとしてしまう。
今日の放課後は、花見と一緒に会う約束をしている。けれど……どこへ行こうとかそんなのは何も決めていなくて。ただ話そうってことしか決めていなくて。
対して今は、花見に女友達が出来そうな場面で、それも花見に似合いそうな服を選んでもらえるという具体的で興味がありそうな誘いで……
俺とは通話でもLINNEでも話せるのだし、吉崎たちからの誘いの方が優先度が高いように思う。第一、花見の性格を考えるとこの状況で誘われて花見が断れるとも思えない。
花見はなんて答えるのだろう。それが気になって密かに俺は耳を澄まして固唾を飲んだ。その時。
「あ、ねぇ、私メイク直したい! トイレいこー?」
「あ、うんうん、うちも行きたいって思ってた。花見っちも一緒に行こー」
「え、あ、うん!」
花見は吉崎たちに連れられて、みんなでトイレに消えて行ってしまった。
「おい、亮? どした。そんな顔して。なんか昼休みになってからずっとぼーっとしてるけど」
忍に話掛けられて我に返る。
そうだよ、俺、何考えてるんだよ。花見が吉崎たちに誘われたのはいいことじゃないか。せっかく友達が出来そうなところなんだし。俺も喜んでやらないと!
俺の中にもやもやと疼いていた気持ちは、花見を取られたような嫉妬や喪失感みたいなものだったのだと自覚して自制する。
その時、俺のスマホがポケットの中で小さく震えた。
見るとそれは花見からのメッセージ。あぁ、今日の放課後の約束の断りのメッセージかなと思ったら、真逆のものだった。
かすみ:『今日、一緒に帰れるかな』
それを見て、何とも言えない気持ちが込み上げる。
Ryou:『どした?』
さっきの会話の流れ的に、吉崎たちと帰るのかなと思ったのに。だからつい、そう返信してしまった。
かすみ:『あ……ダメ、かな。放課後の約束まで待ちきれなくて』
するとストレートすぎる返事に、途端に嬉しくなってしまった。
Ryou:『ダメなんかじゃない。ただ、吉崎たちに誘われてるように聞こえてたから、そっちの心配した』
かすみ:『聞こえてたんだ。でも、りょう君との方が先に約束したし』
かすみ:『あ、ごめ、まちがえた! 佐野君!』
Ryou:『え?』
急に“りょう君” と呼ばれて驚いてしまった。
かすみ:『LINNEの佐野君の名前がRyouだから。つい、りょう君って自分の中で呼んでたのが、出ちゃった』
恥ずかしそうな絵文字と共にそんなメッセージが送られてきて。なんともむず痒い気持ちになってしまう。
Ryou:『そっか。りょう君呼びでもいいよ? かすみ』
かすみ:『え!!』
むず痒さと本音の狭間で言ってみれば、赤面したような絵文字と共にそんなメッセージが来て。可愛いなぁと思ってしまう。
Ryou:『ははw じゃあまた後で』
かすみ:『うん!』
そして俺はスタンプだけを返したのだけど、そんな俺の様子を見ていた忍にまた話しかけられた。
「亮、亮、今度はどうした。やけに口元にやけついてるぞ? 花見とイチャイチャでもしてたのか?」
「そ、そんなんじゃないし!」
言いながら。自分でも口元がにやついて仕方がないのを自覚する。けれど、俺にはこのにやける口元を抑えることが出来なくて、手で隠す事しか出来なかった。
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