第18話
――やばい、花見が花みんだとバレた!?
そう心配したのだけど。
「え、ほんとだスッゲー似てる」
「いやいや、さすがにホンモノの方が可愛いけど、うん、花見もなかなかイケてる」
みんな花見を可愛いとは認めつつ、意外にも花みん本人だとは思わないようだ。
確かに、俺の場合は花みん本人を見てしまった後にその部屋を使っていたのが花見で……という経緯があったし、それでもすぐには信じられなかったくらいなのだから、クラスのみんなが花見の顔を見ただけで花みんだと気付かないのも無理はない。
それはあまりにも花みんと花見の雰囲気や見た目が違い過ぎるから。
花みんの時は金髪ボブのウィッグに青いカラコン、メイクもしているし、配信の時はトークがメインで話し上手なイメージがある。
対して花見は黒髪のセミロングに日本人らしい黒目、学校ではノーメイクであまり話さず、話したとしても片言で、話ベタなイメージ。
突然ふいに積極的なところを見せるけれど、それを知っているのはたぶんクラスでは俺だけ。
髪の長さが違うというのも潜在的に気付かない一因なのかもしれない。俺も花見と通話した時に、髪をまとめてウィッグの中に入れてると本人から聞くまでは理解が出来なかった部分だ。
そんなわけで、バレなかったことには安堵しつつ、花見はやはり顔を真っ赤にしておどおどしているので。
「吉崎、吉崎、メガネ、返してあげて。花見は素顔を見られると緊張するみたいだから」
やっと吉崎の近くまでたどり着いた俺は、そっと話しかけた。すると。
「え? あ、ご、ごめん!! 花見っちあんまりにも可愛いから見惚れてた!!」
吉崎は慌ててメガネを花見に返した。花見はそれを受け取ると、恥ずかし気な表情を浮かべながらメガネをかけ直し、少しほっとした様子を見せた。
「う、うん。だいじょう、ぶ」
花見の返事は小さな声だったけど、メガネの奥の瞳は『ごめん』と言った吉崎に対して『いいよ』と言うように少し微笑んでいて、その花見の表情に吉崎も安堵したような笑顔を見せた。
「よかったー! 今までの花見っちって、真面目で近寄りがたいイメージあったけど、実はうちらと同じ恋する女の子なのかなと思ったら急に親近感沸いちゃって! せっかくだからさ、これから仲良くしよ?」
吉崎は楽しそうで人懐っこい笑顔を浮かべながら、前のめり気味に花見に話しかけた。
「え、あ、あ、あ……うん」
そんな吉崎に花見も恥ずかし気ながらも好意的に返事をした。
花見は人見知りだから、自分から誰かに話しかける事は今までなかったし、誰かに話しかけられても人見知りがゆえに答えはいつも片言だった。だから誰かと会話が弾むこともなかった。
けれど花見自信は人見知りなだけで人が嫌いなわけではない。だからこそ配信者になったのだろうし、姿が見えていない画面越しの閲覧者相手には楽しそうに話をする。
俺との通話の時だって、夜遅くまで話をしていたし、誰かと話すこと自体は、好きなのかもしれない。
だから、吉崎のように積極的な子が話しかけてくれるというのは、案外花見にとっていい事なのかもしれない。
そう改めて思ったのは、4時間目の体育の時。
男子はクラス対抗のサッカーの試合、女子は運動場のすぐ隣にあるテニスコートでテニスの授業だった。
花見は吉崎と一緒に着替えをしたようで、さっきよりも打ち解けているように見えた。
重めの前髪は軽く残してピンで留め、下ろしていた髪はポニーテールになっていて、メガネは掛けていても普段の花見よりも垢抜けて可愛い。
陽キャの代名詞ような吉崎が、ギャルらしいコミュ力を発揮して花見に笑顔で話し掛けているからなのか、花見も時折つられて笑顔を見せて、リラックスしているようだ。そのせいなのだろう、いつもならどこか自信なさげに猫背になっている姿勢も、いつもよりスッとして自然に見える。
「なぁ、花見って……改めて見たらスタイル良くない?」
「さっき顔見ちゃったからかな、花見って、メガネしてても可愛い気がして来た」
そんな花見の姿を見た単純な男子たちは、そんな事を言い始めた。
「俺、これからは花見に話し掛けてみようかなぁ」
「あ、俺も俺も。花見って真面目で近寄りがたいイメージあったけど、ちょっとイメージ変わった」
――そんな男たちの会話を聞いていて、俺はなんとなくもやもやとしてきた。なんだろう、俺のこの気持ちは。
花見がリラックスして話せるのは俺だけだと思っていたのに、むしろ女同士の吉崎の方が適任な気がしてきて、そして花見の良さを知っているのは俺だけだと思っていたのに、他の男連中たちも気づき始めて……。
気付いたら俺は、クラスの男たちに声を掛けてしまっていた。
「おい、お前ら―。花見が可愛いって気付いたからって、急にたくさん話掛けるなよ? 花見は人見知りなんだから、急にみんなに話しかけられたらびっくりするだろ」
これは花見への心配なのか、嫉妬心なのか。自分でもわからなかった。すると
「……佐野って……花見のなんなの? 付き合ってるの?」
俺の言葉に誰かが言った。
「え、あ、いや。付き合ってるとかではないけど……」
けれど俺はそんな事しか言えなかった。
花見は俺に好意を示してくれているし、たぶん俺の花見への好意も花見は気付いてくれていて、後はちゃんと告白するだけだと思っている。
ただ、まだタイミングがなかったから言えていないだけで、俺は今日の放課後にでも言うつもりをしていた。けれど、今はまだ、花見は俺の彼女ではなくて。
ジレンマを感じていると、他の誰かが俺に言った。
「ははっ。佐野ーそんな顔するなって。俺らだって気付いてるって。花見と佐野が最近なんかいい感じで、花見が可愛くなったのだって元々は佐野のせいだって」
「そうそう。うまくいきそうな二人を邪魔する趣味はないよなー、みんな」
「うんうん。しかし、男たるもの、可愛い女子が見ていると思えば頑張れるもの。とりあえず今日の試合は2組に勝とうぜ!」
「おう!!」
謎の士気が高まったうちのクラスの男子たちは、そうして今まで以上の結束力を見せ、この日、体育祭では僅差で負けた2組にサッカーでは圧勝することが出来た。
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