第6話

 さっき俺はクラスのグループLINNEも教えようかと言ってみたけど首を振られて、でも俺のは聞きたかったと言われて、そして俺のを教えてこんなに嬉しそうな顔をされていて……


 昨日の配信の内容を重ねると、どう考えてもこれってやっぱり、花見は俺のこと……? と、思ってしまうのは仕方がないわけで。


「花見……?」


 自分でも何を言おうと思ったのか分からないけれど、なんとなくそのまま花見を呼んでしまった。


 すると花見は。


「え……?」


 スマホを見ていた顔を上げて俺の顔を見つめた。



 こうして正面に立ってみて思うのは、クラスメイトとはいえ真正面から花見の顔を見た事はなかったなということ。



 普段は花見は俯きがちなことが多いし、至近距離になることもないので、大抵黒縁メガネのフレームが邪魔になって花見の目元をちゃんと見た事はなかった。


 でもこうして正面に立ってこの距離で意識して花見の黒縁メガネのフレームの中の目を見てみれば……その目元はやっぱり、あの花みんと同じだよなぁと思う。


 メガネを外して、後はブルーのカラコンを入れれば……


 などと頭の中でイメージをしながら花見のメガネの奥の目を見ていると、また花見の顔はカーッと赤くなってきた。


「さ、さ、さ、佐野、くんっ……そ、そのっ」


 そして花見はたどたどしくそう言っていたのだけど、俺はある事が気になり始めて花見のその声が耳に入ってこなかった。


「なぁ……花見? もしかしてこのメガネって……伊達だて?」


 つい、疑問をそのまま口にした。


 だって、どう考えてもそうとしか思えなかった。こないだのカラオケ帰りの花見は、メガネの中にブルーのカラコンをしていて。けれどカラコンだけの状態で配信している時、メガネはないのにちゃんとコメント欄の文字を読んで会話をしていた。


 そこから考えられるのは2択。ブルーのカラコンに度が入っていて、メガネには度が入っていないか、またはカラコンにもメガネにも両方度は入っていないか。


 つまり、このメガネはどちらにしても伊達メガネ。


 ――それに気づいてしまった俺は、たぶんどうかしてたんだと思う。


 せっかくこんなに可愛い目元をしているのに、わざわざ存在感がありすぎる黒縁メガネを掛けているその、メガネを外した顔が見たくなってしまった。



 だから俺は――、花見のそのメガネを、そっとおでこの方にずらした。


 すると、今までレンズ越しに見えていた花見の目を遮るものがなくなって、生の花見の目と合った状態になった。途端。


「ん……っ!!」


 今までただでさえ真っ赤だった花見の顔は、表情までもが恥ずかしそうに急変して、その瞳はふるふると震え出した。


 それは、花見が隠していた素顔を見られたかのような、芯から恥ずかしがっているかのような、女の子っぽい表情で。


 見た事のないその表情に、俺の瞳が奪われてしまった。



「……………………」



 しばらくそのまま目が離せず固まっていると、花見がか細い声を出した。


「さ、さ、さの、くん、…………そ、その……っ」


 その声にハッとなった。


「ご、……ごめん!!」


 咄嗟に謝って花見のメガネを元に戻した。


 すると花見も。


「う、…………うん」


 そう言ってメガネを掛け直して俯いた。


 そしてそのまま変な間が空いた後。


「あ、え、え、えっと。そうじ……手伝って、くれ、て。あ、りがと。か、かえる、ね……」


 花見は目を逸らしたままそう言うと、一目散に出口に向かって走っていってしまった。



 うわー俺、やっちまった……あれは絶対幻滅された。


 そう思いながら花見が出て行った出口を見ながらその場に突っ立ていると、真っ赤な顔した花見がまた戻ってきて。


「か、かばん……わすれちゃった」


 恥ずかしそうにそう言うと、カバンを手に持ちまたパタパタと出口に向かって走って行った。



 すると今度は廊下の方からドテッという音と共に小さく女の子の声で『きゃあ!!』と聞こえたから、出口から顔を出して覗いてみれば、そこには花見が転んでいて。


「み、見ちゃ、ダメ……」


 転んだまま廊下にへたり込んだ格好のまま振り向いて、もう恥ずかしさの限界を超えたような、なんとも表現しがたい顔でそう言った。



「た、…………立てる?」


 そう聞いてみれば。


「む、…………むり」


 花見はそんな事を言うから。


 花見に近寄り手を差し出した。


 すると花見は弱々しく手を伸ばしてきたから、その手をぐっと掴んで引き上げて立たせると。


 ふらつきながら立ち上がった花見は一言。


「…………は、はずかしすぎて……しにそう…………」


 そう言った花見は、俺の手を握り返したままだった。

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