第7話

 廊下に一人取り残された俺は今更、ドキドキと心臓が苦しくなっていた。


 さっき花見を引き上げた時、少しふら付きながら立ち上がった花見は、本当に軽くだけど俺の身体に一瞬抱き着いたような形になって、そしてそのまま花見は手を離さなくて。


 その時にふわっと香った花見の髪の香りはまさに女の子という感じで。


 その香りも、今日見た花見のいろいろな表情も、どちらかというとバーチャル的存在に感じていた花みんとは違って、生身の女の子だと実感するものばかりで……。


 なおかつ。俺の中で最強だと思っていた花みんよりも、メガネを上げた花見のあの目の方が何倍も可愛く感じてしまった。


 あれでもマスクで顔の下半分は隠れてるんだから、それを外した時の破壊力はいかほどの物になるんだと思ったりしつつ。



 花みんの時はもちろんマスクもしていないわけで、その口元が整っていることは言わずもがななわけで。


 もうクラスでもマスクをしている生徒の方が少ないというのに、どうして花見はあんな大きなマスクと、度が入っていないメガネなんてしているのだろうと気になって仕方がなかった。


 とはいえ。俺はついさっき、気になったからという理由だけで女の子のメガネを外してしまうという失礼極まりない行為をしてしまったばかりで。


 なのに花見は、去り際。


『あの……えっと、帰ったら……LINNE、しても、いい、かな』


 俺の手を握り返したまま恥ずかしそうな小声でそう言った。


 けれどあまりにも意外なその言葉にびっくりして、俺は返事出来ないでいると。


『だ……だめ?』



 不安そうな上目遣いでそう聞いてきて。


 どれだけ俺に好意を露わにするんだよと、もう俺はドキドキしてしまって。


『あ、いや、だめ、じゃ……ない』


 そう答えるだけで必死で。



 なのに俺のその言葉に安心したように嬉しそうな笑みをこぼした花見が、やっぱりもうどうしようもなく可愛くて。



『佐野君っ、またねっ!』


 少し片言じゃなくなった言葉を残すと、また花見はパタパタと走り去ってしまった。



 ――なに、なんなんだよ、花見のやつ……


 ただの地味で目立たないクラスメイトくらいにしか思っていなかったのに。


 ――俺、もう完全に『花みんの正体だから』じゃなくて、『花見本人が可愛いから』という理由で、花見に恋してしまっているじゃないか。



 そう自覚してしまって。



 しばらく放心状態のまま廊下に立ち尽くしてから、いつもより遅い足で帰宅した。




 ――だから、俺は気付かなかったんだ。


 俺より早く帰宅した花見から1件、LINNEの通知が入っていたことに。

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