第5話

「あれ? 花見、一人?」


 放課後、先生に日誌を届けて教室に戻ると、花見が一人で教室の掃除をしていたので声を掛けた。


「え、あ、うん」


 花見は相変わらず片言で。それだけを見るとやっぱりあの配信者の花みんとは違って見える。



「他の掃除当番は?」


「よ、用事、あるって」


 花見はやっぱりか細い声で片言で。



「ふーん」


 生返事をしつつ、一人では大変だろうと思って俺も手伝い始めた。すると――。


「え、え、え!!」


「ん?」


「あ、あ、あ、り、り……!!」


 花見は何か言いたそうだけど言葉が出て来ない感じで。


「ありがとう?」


 そう言いたいのかなと思って言葉にしてみれば、花見は声もなくこくんと頷いた。




「いや、昨日、配信中の部屋に入ってしまったから、そのお詫び。だから気にしないでいいよ」


「え!!」


 ――ガターン!!


 さらっと声にした俺の言葉に明らかに動揺した花見は、手にしていたほうきを落とした。


 言葉は片言なわりに、花見は意外と分かりやすいのかもしれない。



「あ……ごめん、知らないふりしてる方がよかった?」


 でも、ちょっと悪かったかなと思って聞いてみれば、花見はぶんぶんとこれでもかと分かりやすいくらいに首を振った。


「……知っててもよかったんだ」


「うん」


 そして、素直に頷く花見。……片言だけど、やっぱり返事は素直なんだなと少し思った。




「でも、みんなには内緒にしてるんじゃないの? 配信の後、わざわざ元の姿に戻ってたし、誰も花みんの姿を目撃した人いないみたいだから、毎回部屋の中でウィッグ被ったり着替えたりしてるんだろ?」


 だからつい、気になっていた事を聞いてみる。


「あ、うん。でも……佐野、くん、は……誰にも、言わないで、いてくれると、思ってる、から」


 すると珍しく花見が、片言っぽくはあるけど一言以上の言葉を言った。“うん” だけでも会話は成り立つのに、それ以降の言葉も付け足したという事は、それだけ伝えたいという事なのだろうか。なんて思うのは、俺のおごりなのだろうか。


「……まぁ、言わない方がいいんだろうなって思ったから、二人になるタイミングになるまで聞かなかったんだけどさ、確かに」


「うん……」


 見れば花見の顔はやっぱり真っ赤になっていて。こんなに赤くなっているのに、話し続けていいのかが分からなくて、俺はそのまま口をつぐんで、もくもくと掃除を続けた。


 すると、もうすぐ掃除が終わるかという頃。花見がもじもじとしながらチラチラと俺を見て、何か話したそうにしているように感じたから声を掛けてみた。


「…………どした?」


「あ、あのっ!!」


 すると、花見はやっぱり顔を真っ赤にしていて、やっぱり今日も首も耳も真っ赤にしていて。その意を決した雰囲気に、告白でもされるのかと少し勘違いしそうになった俺は、勝手に心臓がドキドキと高鳴り出した。



「ん……?」



 その心臓を悟られないように抑えつつ、少し緊張しながら聞いてみたら……花見の言葉は。


「さ、佐野、君。お、お友達に……な、って。くだ、さい!!」


 そんな言葉で。


「え? お友達? もう友達のつもりだけど……?」


 少しだけがっかりとしつつそう言ってみれば。


「あ、あ、あのっ。LINNE……教えて……ほし、い……」


 ある種告白以上の恥ずかしがり方じゃないかなと思うくらい、顔から煙でも出そうなほど真っ赤な花見にそう言われた。



「LINNE? あぁ、そう言えば花見って、クラスのみんな入ってるグループLINNEにも入ってなかったっけ。ついでに招待しておこうか? そしたらみんなのLINNEも分かるじゃん?」


 そう言ってみたのだけど、ぶんぶんと首を振ってそれは否定されたから、俺のQRコードを見せて、俺のを教えるだけにした。


 すると。


 花見はぷるぷると震えながらスマホをかざして俺のQRコードを読み込むと、ちらっと上目遣いで俺を見つめた。


 そして、今度は自分のスマホに視線を落とすと、鬼の速さで文字を打ち込み始めた。



 ――ポコン


 それと同時に俺のスマホに着信音が鳴る。


 通知の相手は花見から。


かすみ:『LINNE教えてくれてありがとう! 嬉しい!!』


 本人目の前に素直すぎる言葉が届いて俺の方が赤面してしまう。しかも画面の中の文字は全然片言なんかではなくて。


「え、あ、うん。そんな……喜ばれると思ってなかった」


 目の前の本人に、俺は声で返事をするのだけど。


 ――ポコン


かすみ:『本当はずっと聞きたいなって思ってたんだぁ。でも、恥ずかしくって聞けなかったの』


 また、LINNEで返事が来た。



 ――人によってはめんどくさいと思うかもしれないけど……目の前の花見の表情は、この上なく幸せそうな空気感で。


 漫画だとこれ、間違いなく花をたくさんまき散らしてるなとか思いつつ。嬉しそうにキラキラっと輝かせた花見の瞳が、配信の時の花みんの何倍も可愛すぎて。


 俺は自分の口元が緩んでしまうのを、必死で堪えるのだった。

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