第11話

「きりーつ、れーい、ちゃくせーき」


 日直の声を機に、今日もいつもと同じように授業がはじまった。


 それなのに。


 いつもは気にも留めなかった花見の様子が気になって、ついつい授業中に見てしまう。


 花見はやっぱり今日も長い髪を両サイドに分けて三つ編みをしたおさげ髪で、重めの前髪に黒縁メガネとマスクをしていて。


 スカートはしっかりとひざ下。靴下も上靴も、うちのクラスの生徒にしては珍しく入学当時に指定された制定品を今もしっかり守っている。


 いかにも真面目で地味な女子高校生という感じ。むしろここまで絵に描いたような真面目スタイルを貫いている女子は、なかなかいないんじゃないかとさえ思う。


 未だに花見と花みんが同一人物だということが不思議に感じるし、通話するほどの仲になるとも思っていなかった。


 だから少し分からなくなる。


 俺は花見が花みんの正体だと知ってしまったから気になり始めたのだろうかって。


 自分では、そうではないと思っているけれど、少しもやもやとした気持ちが心のどこかにまとわりついているような気がする。



 ……そんなことを思いつつ、花見を見ていてふと気付いた。


 花見って、考え事をする時、人差し指を口元に当てるのがクセなのかな。


 まぁ実際はマスクをしているからマスクの上からなのだけど。


 もしもマスクがなかったら、その姿は俺がバイト中に初めて花みんに会った時の『話さないで』と言っていると思ったポーズと重なる。


 だとすると、あの時の花見、実は急に俺が入って来た事に対してびっくりして困ってたのかな。


 少しそんな想像をすると、今俺が知っている花見の人物像と重なって、より可愛く思えた。


 そんな花見の机の上には、くすみブルーの花柄のペンケースが乗っていて、『花見かすみ』という名前にぴったりじゃん、と思ったりもして。


 今まで地味で真面目な女子生徒としか思っていなかった花見は、意外と可愛らしい持ち物が多いんだなと気付いたりもして。花見を知れば知るほど、花見の事が気になり始めている自分の気持ちに気付いて恥ずかしくなった。




 そして気恥ずかしさからふと目線を移した教室の壁には、『今月が誕生日のクラスメイト』という張り紙が貼られていて、その中に花見の名前を見つけた。


(花見ってもうすぐ誕生日なんだ。花見が誕生日なら……当たり前だけど花みんも誕生日。誕生日配信とか……するのかな?)


 


 ――そして放課後。


 たまたま昇降口で花見とばったり会って目が合った。


「あ……あの、佐野、君……その」


 花見は何かを言いたそうにしていて。けれど俺にはだいたいの目星はついていて。


「ん。8時くらいになったらかけていい? 通話」


 たぶんそれだろうと思って言ってみた。すると。


「うんっ!!」


 花見のたった一言のその声が、あまりに嬉しそうで思わずドキッとした。


(う。やばい。なんなの? 花見、くそ嬉しそうで、くそ可愛い)


 俺は内心悶えつつ、必死で口元がにやけそうになるのを堪えていると、花見は小さく手を振って。


「じゃあ、またあとでね、佐野君っ」


 嬉しそうな弾んだ声でそう言い残して帰って行った。



 その後ろ姿を見ながらまた俺は気付いた。


 ……花見って、話し始める時は緊張してる感じだけど、安心したり少し慣れて来ると、片言じゃなくなってくるのかも。


 今も、そうだった。『じゃあ、またあとでね、佐野君っ』その言葉は、ただ嬉しそうで可愛いだけで、全然片言なんかではなかった。


 だとしたら――いつかもっと花見と仲良くなれたら、学校でも普通に話せる日が来るといいな。


 そう思ってしまうのは、昨日の通話で花見と話したのが楽しかったから。そして今日も、この後通話するのが楽しみなのは言うまでもなくて。


 俺は腹の中がむず痒くなるのを感じた。

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