第12話

――夜8時前。


 俺はなんとなく緊張していた。


 今日の夜8時くらいになったら俺から通話かけるって言ったけど、8時までにはまだ少し時間がある。

 

 女子の方が男子よりもなにかと忙しいイメージがあるから、花見が何か用事をしていたとしたら急かしても悪いと思うし、俺が浮足立ってると思われるのもなんとなく恥ずかしいから、8時を過ぎてからかけようと思う。なのに、楽しみでそわそわと落ち着かない。


 “あーマジで数日前までは花見の事は何とも思っていなかったのに” そう思う気持ちと、“いやいや、花見はあの花みんと同一人物なんだから、なんとも思わない方がおかしい” と思う自分がいる。


 けれど楽しみなのは“花みん” だからではなくて、“花見が相手だから” だと思いたい。


 俺にとっての花みんは、画面の中の人であって、どこかバーチャル的な感覚で、好きではあるけど憧れに近い感覚。実際に仲良くなれる存在だとは思っていなかった。けれど花見はクラスメイトで、花みんよりももっとリアルの存在で、花みんよりももっと近い存在として仲良くなりたいと思っている。



 ――はぁ、それにしても。こんな日に限って一向に時計の針が進まない。待てば待つほど緊張感が増して行く気がする。


 そう思いながらスマホの画面を眺めていると、ポコンと着信音が鳴った。


 それは、花見からのLINNE。



 かすみ:『用意出来てるからいつでもいいよー』 

 かすみ:『あ、ごめん、焦らせるつもりはなくて! ただ楽しみ過ぎて落ち着かなくて!!』


 その文面を見て、花見も俺と同じような気持ちだったんだと感じてほっとした。自然と笑みがこぼれ、緊張感が和らいでいくのを感じながら、俺は花見に通話をかけた。



「あ、花見? かけていいってLINNEもらったからかけちゃった」


『うんうん! ごめんね、焦らせちゃったかな』


「いや、俺も同じ感じだったからむしろ助かった」


『よかったぁ~。それでそれで、朝は花みんについて何話してたの?』



 さっきまで緊張していたのが嘘のように会話が弾んでいく。やはり通話だと花見は話しやすい。


 それは、対面している時の花見に比べて、というよりも、単純に会話をする相手としても話しやすさと心地よさを感じる。


 そうして今日もまたいろいろな話をした。


 特定厨が学校の校門まで来ていたらしいということや、どうやって特定されたのかという話、けれど花見が花みんだとバレたわけでもないし、学校のみんなにとっても本当に花みんがこの学校にいるとは思っていない様子だという事。


 そして――。


『じゃあ、私が花みんだという事も、うちの学校の生徒だってことも、知ってるのは佐野君だけだね』


 少し嬉しそうに花見が言ったから。


「なんか嬉しそう?」


 そう言ってみれば。


『うん。嬉しい。佐野君と二人だけの秘密があるなんて、なんか特別な感じがするから』


 花見がそう言ったから、ドキッとした。


 そして――


『私ね、佐野君と話せるようになりたくて花みんの配信やり始めたんだー』


 そんな事を言い出したから驚いた。


「え? ……俺と? なんで?」


『入学したばかりの頃、あぶれてた私を輪の中に入れてくれたり、お腹痛くなってるところを保健室に連れて行ってくれたりしたことあったでしょ?』


「ああ。うん」


『その時、緊張してお礼も言えなかったから。いつまでも人見知りのままじゃダメだなって思ったの。それがきっかけ。だから今こうして通話してるのが夢みたいだよ』


 花見はそんなことまで言い出したから。


「それを言うなら俺だって。最推しの花みんがクラスメイトで、その花見とこうして通話してるんだから、俺も夢みたいだ」


 なんとなく告白のし合いみたいになって、また今日も腹の中がむず痒くなった。



 そして話はもうすぐ花見の誕生日だという話になった。


「そういえば、花見ってもうすぐ誕生日?」


『あ、うん。そうなの。だから誕生日配信しようと思ってて。でもせっかくだから本当の日にちより一日ずらしてみんなが見やすい金曜日にしようかなって思ってる』


「あ、そうなんだ。うわーリアタイしたいけど俺、その日バイトだわー」


『そうなんだ。ちょっとだけ残念。でも、佐野君がリアタイしてるって思うと緊張しちゃうから、むしろよかったかも?』


「なんだよ、それー」


『へへー。あ、でも、その日佐野君バイトなら、配信前と後に佐野君に会えるってこと? わーそれもそれで緊張しちゃうかもしれない!!』


「いやいや、学校でも会ってるじゃん」


『まぁ、それもそうなんだけどー。バイト中の佐野君はちょっとまた違う側面を見られて尊いというかなんというか!!』


 なんとなく、お互いいい感じな会話になった気がしたのは、俺の気のせいなのだろうか。


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