第15話

「お疲れさまでしたー」


 俺はバイト先の他のスタッフに声を掛けて店を後にした。


 ウィーンと開いた自動ドアの外に出ると、ひんやりとした夜風が俺の頬を撫でて行くのを感じて、思わずため息と共に声が出る。


「あー、疲れたあー!」


 そのまま天を仰いでうーんと両腕を上げて伸びをすると、ポケットに入れていたスマホがポコンと鳴った。



かすみ:『佐野君、お疲れ様ー。ねぇ、後ろ見て』


 そのメッセージに後ろを振り返ると、ハンバーガーショップのウインドウ越しに花見がこちらに小さく手を振っているのが見えた。


Ryou:『あれ? まだ帰ってなかったんだ。びっくりした』


かすみ:『配信終わったらほっとして、お腹すいちゃってw でもね、張り切って夜パック頼んだんだけど思ったより多かったw よかったら佐野君食べるの手伝ってくれない?w』


 その言葉にふふっと自然と笑みがこぼれて、さっきまで感じていた疲労感が飛んでいったような感覚がする。


Ryou:『仕方ないなぁww』


 俺は花見に返信を返すと、軽やかな足取りでハンバーガーショップの扉を開いた。


(もしかして、俺がバイト終わるのを待っていてくれたんだろうか)


 少しそんな事を思って頬が緩む。


 たとえそうじゃなかったとしても、バイトの後に花見に会えるのは嬉しい。そう自覚するくらいには、俺の心は晴れやかな気持ちになっていた。




「花見、お疲れっ!」


「へへ。佐野君も、お疲れ様ー」


 花見は窓際のカウンター席に座っていたので、俺もその隣に座った。心なしか学校で会う時よりも花見の言葉がスムーズに感じる。


 もしかしたら、最近の通話で俺に話すことに慣れたことと、配信で花みんとして話していた後のテンションだからかもしれない。


 食べている最中だからマスクもしていないので、その口元が笑っていることが伺えて、俺も嬉しくなってしまう。心なしかその頬もうっすら薄紅色をしているように見えるのは、花見の元々の血色なのか、メイクなのか、それとも……。


「あれー? ポテトにナゲットもあるじゃん」


「そうなの。ポテトとナゲットのセットが夜なら安くて。お腹すいてたしテンション上がってたから、食べれるかなーって思ったんだけど、ちょっと多かった。助けて」


 花見の照れくさそうな表情と、少し甘えた口調が可愛らしく感じる。それはまるで、仲の良い親友や恋人に向けるようなトーンで、思わずドキッとしてしまう。


「バーガーも食べたの?」


「うん」


 俺の問いかけに恥ずかしそうに頷く花見は、いつもの学校で見せるどこか緊張したままの花見とはやっぱり違っていて、『うわー可愛い!!』と、思わず心の中で叫びたくなったのをグッと堪えた。


「はは。バーガーも食べてこれは確かに女子には多いかもな」


「そうなの。だから佐野君来てくれて助かった」


「逆に俺も、バイト終わりでおなかすいてたから助かった」



 別に大した会話でもないのに、どこか甘い雰囲気に感じるのはなぜなんだろう。


 夜のハンバーガーショップに二人横並びで、一つのポテトを食べるこのシュチュエーションのせいなのか。それとも……お互いがお互いを意識し合ってるからなのか。


「あっ、ごめん」


「いや、俺の方こそ」


 ポテトに伸ばした手がうっかり花見の手に触れて、引っ込めた。

 心臓がさっきよりも力強く感じるのは気のせいだろうか。


「あ、そういえば! 佐野君飲み物ないよね。良かったら、飲む?」


 照れ隠しに話題を変えるように花見から差し出されたジュースにまた胸が高鳴る。


 それって、間接キスじゃん。


 そんな事を思ってしまうのは、俺が花見を女の子として意識しているからなのか。


「あ、ありがと」


 けれどせっかく差し出されたのに断るのもと思って俺はそのジュースを口にした。


 なんとなく、いつもマスクで隠れていて直接見ることがない花見のその可愛らしい口元が視界に入ってドキドキとしてしまう。


(あの唇が、このコップに触れていたんだよな……)


「う!」


 すると緊張からなのか、意識してしまったせいなのか、ジュースが気管に入ってゴホゴホとむせてしまった。


「え、佐野君、大丈夫!?」


 こんな時に限って花見はいつものあの緊張した感じじゃなく。すっと立ちあがると傍に寄って来て、自然な手つきで俺の背中を擦りはじめた。


 その手の感触がいつも男友達に触られる感触と違う、小さくて柔らかな感触で。花見との距離は、さっきまでよりもさらに近くて。


 むせた恥ずかしさと重なって、なおの事胸が苦しくなる。その胸の苦しさは。


(うわー。俺、完全に花見の事が好き)


――そう自覚するには十分だった。

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