第16話
ハンバーガーショップを出て、二人並んで帰路に着く。
閉店してシャッターが下りた店もあれば、ラストオーダーに追われる店、まだまだ活気付いている居酒屋の賑やかな声、どれも見慣れているはずなのに、花見と二人で歩いているというだけで、今日は違った景色に感じるから不思議だ。
少しだけ沈黙の時間が流れてから、俺は隣を歩く花見に話しかけた。
「なぁ、花見?」
「ん?」
花見が小さく返事した。
「学校の外の方が話しやすい?」
ちらりと花見の横顔を見てみれば、花見も俺の方を見上げていて目が合った。
「え、あ、うん。最近たくさん通話してたからかな。他の人がいないというのもあるのかな、話しやすいなって、思う」
明らかに学校よりも気を許した雰囲気の花見は、今はマスクをしていなくて、髪もほどいていて、そんな花見の顔立ちを街灯が柔らかく照らしていて、いつもより可愛いなと思う。
「そっか」
せっかく花見は気を許している感じなのに、俺は逆にふたりきりである事を意識してしまって、緊張してしまう。気恥ずかしさから視線を地面に落とし、花見の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。
「うん」
けれど花見のその短い返事だけでも、学校の時よりも明るい口調で、まるで俺と一緒に居ることが嬉しいと言っているように感じて、俺も嬉しくなってしまう。
だから言葉が出ない代わりに、並んで歩く花見の手をそっと握った。
「え!?」
すると花見はびっくりしたように立ち止まって、俺の方を見た。
「あ……だめだった?」
気恥ずかしさをこらえながら言ってみれば、花見は俺の顔を見たままぶんぶんと首を振った。
その様子は学校で見る花見の緊張している時と少し似ていて、けれど言葉に出来なくとも必死に伝えようとする意志が伝わってきて、そんな花見がとても愛おしく感じる。
『二人の方が話しやすい』そんな事を言っていた花見だったけど、手を繋いでからは無言のままで、俺もまた無言のまま。
けれど二人の手はしっかりと繋いだままで、それだけで充分だと思った。
会話がなくても、ただそれだけで愛おしい。それはここ数日あんなに長時間通話していても感じられなかった初めての温もり。
今はこのまま、花見の手の温もりを感じていたい。
そう思うのに、あっという間に踏切のところまで来てしまった。
もう少しで終わってしまう。けれどまだ離したくない。
ただその気持ちを伝えるかのように、繋いだ手をどちらからともなくさらにぎゅっと力を込めた。
まだ、離したくない。もっと、繋いでいたい。
堅く繋ぎ合った手とは裏腹に、二人は無言のままで、けれど繋いだ手からは確かに花見の熱が伝わっていて。
そうして踏切を渡り切ったところで、俺は言った。
「なぁ、花見。俺、明日バイト休みなんだ。もし……もしよかったら、明日の放課後……どこかで話さない? あ、ほら、せっかく会ってても話せるようになってきたしさ」
思い切って言った最後の言葉は照れ隠し。本当はただ俺が花見に会いたいだけだなんて、少し恥ずかしくて言えなかった。
「え? …………うん! 楽しみにしてる」
けれどそう返事した花見の口元はすごく笑っていて。
学校ではマスクで隠れてるその表情にグッと来る。
「……あ、じゃあ。また、明日」
「うん、また明日ね、佐野君」
そうして俺達はお互いの家に向かって別々の方向へ歩き出したのだけど。
花見の姿が見えなくなってから、ポケットの中のスマホが鳴った。
その差出人はやっぱり花見からで。
かすみ:『ねぇ、佐野君。バイト中の制服姿の佐野君もかっこいい』
急にそんなメッセージを送って来られたから俺は照れてしまった。
けれど自分ばかり照れさせられるのも悔しくて、俺も花見にメッセージを送る。
Ryou:『それを言ったら花見だって。髪を下ろしてるのも、マスクしてないのも可愛い』
直接言うには恥ずかしかった本音を文字に載せる。
かすみ:『え、ホント?』
Ryou:『なんで嘘つくんだよ』
かすみ:『佐野君は……こっちの方が、好き?』
そう聞かれたから、俺は伝えたい一言だけを返信した。
Ryou:『好き』
するとしばらく間が開いて……
かすみ:『そ、その一言だけ送ってくるのはずるいなー。勘違いしちゃいそうになる』
実際のところは俺はもう花見のことを好きだと自覚していて、そのうちちゃんと伝えようと思っているのだけど。伝えるなら会っている時がよくて。けれど会っている時はなかなか言えなくて。
だから――
Ryou:『そのうちちゃんと言うから、今はそのまま勘違いしてて』
それは今の俺の精一杯。
けれど、花見に会ったらちゃんと言おう。
花見への誕生日プレゼントに密かに込めた思いと一緒に。
カスミソウの花言葉は「純潔」「幸福」「感謝」そして、「無垢の愛」
最初はただ、花見が花柄のペンケースを持っていたのが花見っぽくて可愛いなと思った。だからそれに合うシャーペンなら気軽に使えて喜んでもらえるかなと思った。そして花見の名前がかすみだから、カスミソウ柄を選んだ、ただそれだけだった。
けれど、なんとなくカスミソウの花言葉を調べてみたらそう出てきて。
『あ、ぴったりじゃん』
そう思ったんだ。
それは、花見への印象と共に、確かにその時点で俺の中に芽生えていた花見への気持ちとも重なった。
だから俺は、花束でもなく、ただの花柄のシャーペンでもなく、カスミソウ柄のシャーペンを贈りたいなって思ったんだ。
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