第2話

 はやる気持ちで扉を開けたその部屋は、一つの飲み終わったグラスがあるだけで、後はマイクもデンモクも元の場所に片づけられていた。


 ……というよりは、使った形跡はなかった。


 カラオケではなく、場所として使用していた?? それはつまり配信するために??


 実は花見が花みんだったりするのだろうか。考えてみれば花見は重たい前髪と黒縁メガネと大きなマスクでほぼ顔を隠している。その顔を見た人なんて、クラスメイトだってそんなにいない気がする。


 ――けど。一番気になるのは雰囲気が違い過ぎること。


 花みんはいつも画面の中で楽しそうに話してて、金髪ボブにブルーの瞳、そこに不思議なミステリアスさが目を引く女の子。


 対して花見は……あまり楽しそうなところも、言葉を発しているところも見た事がないし、金髪でも青い瞳でもない。不思議でミステリアス……といえばそうとも取れるけど、それはどちらかというと人を寄せ付けないような雰囲気からくるもの。


 あの花見にたとえ金髪ボブのウィッグを付けたとしても、ブルーのカラコンをつけたとしても、花みんのあの人を引き付ける華やかな雰囲気になるとは到底思えなかった。



 そんな事を考えていて、至った結論。


 ――たぶん、俺は夢でも見てたんだ。


 花みんの配信動画が好きすぎて、花みんへの憧れが強すぎて。


 あぁ、そういえば、以前配信中に言ってたっけ。カラオケルームの中で配信してるって。だからそれが俺のバイト先だったらいいのになーなんて妄想した。


 それで俺はあんな幻覚を見たのか。


 え、それでバイト中に俺が花みんの幻覚を見たのだとしたら、相当ヤバすぎないか。どんだけ花みんの魅力に毒されてるんだよ、と自分でもドン引きしてしまう。



 そう思いながら退勤準備を済ませて家路に着いていると。



 踏切待ちをしている花見に、追いついてしまった。



 なんとなく、花見の隣に立って遮断器が上がるのを待つ。すると花見は俺に気付いて明らかにビクッと肩を震わせた。


「え?」


 びっくりされたことに驚いて、なんとなくそんな声が出て。花見の顔を見てみれば。


「あ、あ、あ! あ……!」


 花見はしどろもどろとしていて。その声は可愛いけれど、花みんとはまったく違っていて、か細くて可憐で、吹けば飛んでいきそうな。例えるなら、まるでカスミソウのような。決して主役になることはない、そんな感じ。


 花みんが花だとしたら、花見はそれを見ている花見客側。


 なんだ、『花見かすみ』って、名前そのまんまのイメージじゃないか。


 俺は心の中でそんな事を考えながら、やっぱりこんなたどたどしく話す花見が、花みんなわけがないよなーと、確信的に思った。



「花見って、カラオケとか行くんだな―」


 遮断器がなかなか上がらなくて、なんとなく話しかけた。


「え、あ、あ、あ、はい」


「……なんで敬語? クラスメイトなのに」


「あ、えっと。うん。……ごめん」


 花見が少ししゅんとした。それが少し可愛く思えてしまったのはなぜなんだろう。今まで花見に対してそんな風に思ったことなんてなかったのに。


「いや、謝ることでもないよ。……花見って、人見知りなの?」


「う、うん。人見知り。……すごく。人と話すの、ニガテ」


 俺と話している花見はとても片言で。けれど一生懸命話しているようにも見えて。

なんとなく無理して会話させるのも申し訳ないかなと思った。


「そっかー。誰にだって苦手な事くらいあるよなぁー」


 だから、俺はそう言って会話をやめようかと思った。その時。



「あ、あ、あ、あの!! さ、さ、さ、佐野、くんっは、花みんって……知ってる?」


 花見の方からそんな事を聞いて来たから驚いた。けれど、花見が花みんなわけはないと確信的に思っている俺は、たまたまそんな会話が出ただけかと思って、素直に答えた。


「あぁ、知ってる。よな。花みんは、俺が今な配信者――」


 言いながら花見の顔を見てみれば。花見の首元が一気に赤くなっていくのが見えた。それに気づいてメガネやマスクの隙間から見える花見の顔を見てみれば、その顔は真っ赤で。


 その、黒縁メガネの奥に見える瞳は――花みんと同じ、青色だった。

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