最終話
互いにとって初めてのキスをした余韻に浸りながら抱きしめ合っていると、花見が話しかけてきた。
「ねぇ、りょう君」
その表情は何か言いたげで俺を見つめている。なんだろうと思っていると。
「私の事、好き?」
そんな事を聞いてきた。
そりゃ好きじゃなかったらキスなんてしないぞと思いつつ、俺は答える。
「もちろん」
けれど花見はやっぱり何か言いたげな顔のままで。
「……どした? 花見」
そう聞いてみれば。
「……そろそろ……やっぱり花見じゃなくて、かすみって呼んで欲しいな……」
花見は伺うように俺を見上げながらそう言った。
「え?」
「いつになったら呼んでくれるのかなーって、ずーっと待ってるんだけどなー」
そして甘えるような、それでいて少し拗ねるような口調で言葉を追加する。
……この感じ、なんとなく既視感がある。確か前にも、俺はこんな風に花見を拗ねさせた。そう思って思い返してみれば。ああ、そうだ。
『一緒に帰ったら、声でもかすみって呼んでくれるかなって期待してたんだけどな……』
会っているのにLINEでそんな事を言われた事があった。それを思い出して、咄嗟に謝る。
「あ……ごめん」
俺がいまだに花見と呼んでいるのは、もう恥ずかしいからではなくて、これが定着してしまってなんとなく切り替えるタイミングを見つけられなかっただけなんだけど……
「こうして会ってる時は、LINEの時と違ってりょう君に触れられるから嬉しいなって思うのに、会ってる時は花見呼びになるから寂しいなって思っちゃう」
補足するように言う花見の言葉に、申し訳なく思えてきた。
「あーごめん。俺もそろそろとは思ってたんだよ。けどなんか花見って呼び慣れちゃってて、タイミングがなかったというか!!」
必死に弁解しようとしていると、花見がふふっと笑った。
「でしょ? だからそろそろおねだりしてみようかなって思ったの。じゃないとりょう君いつまでも名前で呼んでくれなさそうだから! ねぇ、呼んでみて欲しいな、かすみって」
表情を一遍させて、少しイタズラっ子みたいな顔をして言う。
「今?」
「うん、今。まだダメ?」
そういう花見は、期待を込めたような目で俺の目をまっすぐに見つめていて、俺は覚悟を決めた。
「……分かった。じゃあ、呼ぶぞ?」
「うん!」
花見はわくわくした視線を俺に向けた。その顔が妙に愛おしくて……
「かすみ、好き」
俺は、ふと湧いた気持ちと共に口にした。すると……かすみは目を丸くして、途端に顔を真っ赤に染めてうろたえた。
「う、ずるい。りょう君、それは、ずるい。不意打ちが、すぎる」
俺の言葉に照れるかすみが可愛くて仕方がない。
「呼んでって言ったのはかすみの方じゃん」
「それは、そうだけど。好きとか……普段あんまり言ってくれないのに。急に合わせ技は、ずるい」
突端に余裕がないという感じで。けれど昔のような人見知りな片言という感じでもなくて。
「いやか?」
嫌がられていないと分かりつつ聞いてみると。
「そうじゃなくて。最高が過ぎるってこと!」
予想道理の答えが返ってきて、嬉しくなってしまう。
「そう言えば……かすみの方こそ、俺に好きって言ってくれなくない?」
「えっ!」
「言って欲しいなー?」
少しイタズラ心を込めた仕返しとばかりに言ってみれば。
「りょう君の、いじわる。……す、……すき」
照れながら言うかすみがたまらなく可愛くて。
「ん? 聞こえなかったなー」
わざとらしく言ってみれば。
「もう、ばか! ずっとずっと前から、好き。大好き。りょう君以外見えないくらい大好き」
かすみは俺の胸に顔を隠すようにして抱きついた。そんなかすみが可愛くて、言ってくれたことが嬉しくて、俺の方からも抱きしめる。
「俺もかすみの事大好きだよ。今も、これからも、ずっと」
そして俺はかすみの髪にそっとキスをした。
◇
――それから数週間が経ち、今日から新学年が始まる。
「おはよー」
「おー! おはよー! また同じクラスになれてよかったよなぁ!!」
「うんうん、また一年間よろしくなー」
新しいクラスに浮足立つ朝の教室で、そんな会話が飛び交っている中、かすみが登校してきた。
途端。
「え、誰?」
「あんな可愛い子、うちの学校にいたっけ」
そんな会話で教室内がざわめき立った。
というのも、かすみは春休み中に校則で怒られない程度に髪色を明るく染めていて、今日はメガネもしていない。
あんなにかすみにとってなくてはならなかった伊達メガネだけれど、俺と一緒に居る時は外すようになって、春休み中に吉崎たちと遊びに行く時にも外すようになり、またさらに外すことに慣れていったようだ。
「あ、花見っちー! うんうん、メガネない方がやっぱり可愛いよー」
「あ、よっしー! また同じクラスになれて嬉しい。へへー新学年になったし、外してみることにした!」
かすみは進級してからも同じクラスになった吉崎と、以前よりもさらに仲良くなった様子でにこやかに笑い合っている。
そんな二人の様子を見ていたクラスメイト達は。
「え、あれって花見さん?」
「まじか。メガネ外したらさらに可愛いな」
「配信辞めちゃった花みんに似てない!?」
「いや、花みんよりむしろ可愛い」
「確かに!」
またどよめき立っている。
そんな渦中のかすみと吉崎に向かって俺は話掛けた。
「かすみ! 吉崎! おはよ」
「あっ! りょう君っ! おはよーっ」
「あ、佐野ー。おはおは」
かすみは俺の顔を見るなりぱっと花が咲いたように表情をさらに明るくして、弾んだ声で応える。
そんなかすみの様子を見た吉崎は……
「ちょっと花見っちー。うちへの挨拶より佐野への方が嬉しそう過ぎない?」
冗談交じりに唇を尖らせてそんな事を言う。
「えー、そうかな? そんなつもりないんだけどなー?」
「まぁ、仲がいいのはいいことなんだけどね!」
そしてかすみと吉崎が笑い合っているところへ――
「おーはよっ!!」
かすみと吉崎の肩に手を回すように、二人の間に菅林が入って来てさらに賑やかになった。
「そういえば、思ってたんだけどー。花見っちってメガネ取ったら花みんに似てるよね。うち、花みんに憧れてボブにしたんだー」
菅原のまさかの言葉に、そっと俺とかすみは目を見合わせた。
「え、ちょっと、なになに二人ともー。うちらの前でラブラブオーラ出さないでもらえますう?」
そんな俺らの様子を察した吉崎は、また笑いながらそんな事を言う。
「いや、そんなの出してないって、な、かすみ!」
「え、うんうん!! ふつーだよー?」
そしてそれに応える俺とかすみに吉崎は。
「ふふふ。花見っちが笑ってるのが最近ふつうになってきて、うちはなんだか嬉しい」
目を細めて頷きながらそう言った。
「よっしー、お母さんみたいだよ?」
「あははははっ!」
いつの間にかかすみの周りには友達の笑顔が溢れていて、楽しい時間を過ごしている中、朝礼開始前の予鈴が鳴った。
かすみは『またね』と俺にアイコンタクトを送ってくるから、俺も『うん、また後で』そうアイコンタクトを返す。
――かつて、視聴者に笑顔を振りまく俺の最推しだった花みんは、実はクラスで目立たない地味で人見知りなクラスメイトだった。
それが今は、クラスメイトの笑顔に囲まれた、俺の最愛の彼女。
これは、俺と花見だけの秘密。
そして――
「えー朝礼の前に、転校生を紹介します」
「あ、あ、あ、
俺のクラスに新しい転校生がやってきた。
「じゃあ、月見は……一番後ろの花見の隣に座ってくれ」
「は、ははは、はいっ!」
「ふふふ。月見さん、始めまして。花見 かすみです。私も人見知りだったんだー。今日からよろしくね」
「はいっ!」
――人見知りを克服したかすみは、今度は人見知りの子に笑顔で話し掛けている。
「は、花見さんって、……花みんに似てるって言われませんか? 私……憧れてて。実は最近、月みん名義で配信を始めたんです。よかったら、見にきてくれませんか」
「え、そうなの!? 行くよ行くよー!」
そして、『俺と話せるようになる』という夢を叶えるために始めた花みんの配信は、同時にいろいろな人に幸せのタネを撒いていたのかもしれない。
それが夢を叶えて引退した今も、誰かの幸せへと繋がって、花開こうとしているのかもしれない――
(完)
――――――――――――――――――――――
最後まで読んでくださりありがとうございました!!
ここで完結となります!!
今作は、KACのお題『はなさないで』を元に書いたお話で、お題から、『話さないで』『離さないで』をメインテーマ、そして『話したい』『離したくない』を裏テーマとして描いた作品になります。
少しでも面白かったと思っていただけましたら、★やフォローを頂けるととても励みになります!
そして他の作品もよろしくお願いします。
(コレクションにおススメ順でまとめています)
空豆 空(そらまめ くう)
俺の最推しの謎の美少女配信者は、どうやら俺のクラスメイトで、密かに俺に片思い中らしい 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます