第12話 重要任務を遂行します

 重大な国家機密を知ってしまった日から二日後、僕は後宮を出て市井にいた。

 これから、ある重要な任務を遂行する。

 


 ◇◇◇

 


 調査の結果、銅灯籠に蝋燭ろうそくを置いたのはすぐ傍にある宮の主…徳妃に仕える侍女の一人だった。

 すぐに(秘密裏に)刑部による取り調べが行われ、判明したことが二つ。

 

 蝋燭は、徳妃の実家から送られてきたものであること。

 使用すれば、『皇帝陛下が御渡りになる』と言われていたこと。


「なぜ『蝋燭を使用すれば、皇帝が通われる』という話になるのだ?」


「つまりですね、あれは『呪物』ではなく『願掛け』だったということです」


 首をかしげている仔空さまへ、浩宇さんが取り調べの報告書を見ながら説明をしている。

 『願掛け蝋燭』は、最近庶民の間で広まっている人気商品らしい。

 蝋と一緒に願いを書いた紙を混ぜ入れて蠟燭を作り、火を灯し使い切れば大願が成就するのだそうな。

 太ければ太いほど、効力が強いとされている。たしかに、あの蝋燭は他のと比べてかなり太かったよね。

 でも、そんなことで簡単に願いが叶ったら、誰も苦労はしないと思うけど。

 

「室内だけでなく宮の傍の灯籠にも使用したのは、数本ある蝋燭を早く使い切るためだったとか。灯籠の火は、夜通し点いておりますので」


「そんな不確かな物にすがってまでも、自分の娘を国母にしたいのか……」


 僕が見つけたあの蝋燭が、最後の一本だったそうだ。


「徳妃の実家は、都でその名は知らぬ者がいないほどの大店おおだなでございますし、宮廷の出入り商人も務めております。このように恩恵を受けている家が、皇帝陛下に対し反意があるとはとても思えません。家人の供述からも、それは確かかと」


 こんな大それたことをしでかして発覚した場合、確実に処罰される。

 それこそ、一族郎党の首が飛ぶかもしれないのだ。

 家族を殺されたとか、家を取り潰された恨みがあるとかなら、まだ理解できなくもないけどね。


「あの蝋燭は、徳妃の母親が傾倒しております占い師から紹介された店で購入したそうです」


「その願掛けが、なぜ呪いに変わってしまったのか。その店を調べる必要があるな」


「今後の調査は、いかがいたしますか? このまま引き続き刑部を動かしてもよいのですが、場所が市井ですので……」


「う~む、妙な噂が広がるのはまずい。あまり、事を大きくしたくはないな」


 皇帝が呪いをかけられているなんて、絶対に大っぴらにはできない。

 いまだ、犯人も不明だし。

 だから、どうしてもコソコソと調べるしかない。


「あの……」


「なんだ?」


「もし外出の許可を頂けるのであれば、僕がその店を一度見てきましょうか?」


 僕は妖気を感じ取れるから、その店に怪しいものがあればすぐにわかる。

 まだあの蝋燭が残っていたら、回収してもらわないといけないし。


「たしかに、おまえの見た目なら相手に怪しまれることはないな」


「ですよね? また髪色を変えますので、目立つこともありません!」


「おまえにしては、珍しく積極的だな?」


 ギクッ!


「ん? 何かあるのか?」


 な、なんにもありませんよ?

 『また潜入捜査ができる!』なんて、喜んではいません!!


「そういえば、昨日も熱心に書物を読んでいたな。あれはたしか『間者物語』……ハア、そういうことか」


 あれ? 心の声が全部筒抜けになっているぞ。

 仔空さまが頭を抱えているけど、僕に同行者(お目付け役)を付けることで無事外出許可は下りた。

 では、期待に応えられるように全力で頑張ります!!

 


 ◇◇◇



 というわけで、僕は颯爽と店の中へ───


「……洋瓏ヤンロン様、お待ちください」


 グイッと腕を引っ張られ、思わずのけぞる。

 せっかく『凄腕調査官の洋瓏』らしくキリっと決めていたのに、これじゃあ台無しだ。

 腕を掴んだのはお目付け役。背が高く見目の良い若い男性だ。

 彼は、僕の使用人に扮している。


「馬車の中で話したことは、覚えていらっしゃいますね?」


「はい…じゃなくて、うん! 覚えているよ」


 今日の僕は、世間知らずな大店のお坊ちゃん役。

 金持ちの子息らしい、上質な生地で作られた高価な服を着ている。

 着心地は抜群だけど、着慣れないし、堅苦しいし、汚さないようにと気を遣う。


 ちなみに、大店のお坊ちゃん役を演じるにあたり、再び特訓をしようと張り切っていたら、「今回は、まったく必要ない。いつも通りのおまえで問題なし!」と言われてしまった。

 平民の僕が『世間知らずな大店のお坊ちゃん』役なんて、特訓もなしでは無理ですよ!と言ってみたけど、「安心しろ。そう思っているのは、おまえだけだ」だってさ。



「決して、しませんように」


「うん!」


「……本当ですね?」


「本当です!」


 だから、早く店に入りませんか?

 ほら、通りすがりの人たちが僕たちをじろじろ見ていますし。


「ハア……おまえのその自信満々なところが、いつもいつも心配になる」


 えっと、ついに本音が漏れましたね?

 

 最近よく目にする、頭を抱えた彼の姿。

 僕って、そんなに信用がないのかな?

 いやいや、我が主さまがちょっと心配性なだけだよ。

 

 そうですよね───仔空さま?











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