第9話 襲撃をしてきたのは、誰?


 中級妃たちの宮の周辺に怪しいものはなかった。

 

 そして翌日、今度は真っすぐ庭園方面へ向かう。

 庭園の先が、上級妃たちの宮があるところだ。


 今夜も、隣には仔空さまがいる。

 僕が浩宇さんへ手紙を書いたから「ご自身のお立場を、もっとご自覚ください!!」とお説教をされたはずなのに、あれ? おかしいな……

 きっと、僕と同じように話を聞いていなかったのだろう。

 うん、そうに違いない。

 


 庭園へ向かう途中には大きな池があり、橋が掛かっている。

 その橋の真ん中で、僕は立ち止まった。

 誰かが僕の後をつけていることは、最初からわかっていた。


「……俺に、何か用なのか?」


 今の僕は『凄腕宦官の洋瓏ヤンロン』だから、いつもの『ボク』ではなく『オレ』と言っているのだ。

 言葉遣いも、ちょっぴり大人っぽくしている。

 

「隠れていても、無駄だ。おとなしく姿を見せろ」


 用件があるなら、早くお願いします。僕たちは忙しいので。

 しばらくして、橋の両端から男たちが現れた。

 前に三人、後ろに二人……


「おまえが新参者のくせに生意気だから、俺たちがちょっと灸を据えてやる」


 前の三人組の一人が口を開く。提灯の灯りが無くても、相手の顔がよく見えた。

 ああ、やっぱりこの人たちか。

 悪名高い、古参の宦官たち。

 彼らに、これまでどれだけの宦官が泣かされてきたことか。

 僕は担当が違ったから、被害に遭ったことはないけどね。


「俺が生意気だって? ハハハ……笑わせるぜ」


 うん。一生懸命練習したから、なかなか上手く演じられているんじゃないかな。

 なんと言っても、洋瓏ヤンロンは凄腕宦官だからさ。

 野性味溢れる、豪快な人物に成りきらないと。


「いくらおまえの腕が立つと言っても、この狭い足場で俺たち五人には勝てねえだろうよ」


「やってみなけりゃ、わからんぞ?」


「強がっていられるのも、今のうちだぞ!」


「おまえたちこそ、引き下がるなら今のうちだと思うが?」


 なんだか楽しくなってきた。

 普段の自分とは違う架空の人物を演じるって、本当に間者スパイ物語の主人公になったみたいで面白い!


⦅……おい、そんなにあおって大丈夫なのか?⦆


「えっと、大丈夫だと思います……たぶん」


⦅だぶん!?⦆


 仔空さまの素っ頓狂な声と同時に、前後から二人が掴みかかってきた。

 それを屈んでかわし、ついでに足を払っておく。

 ドボン!ドボン!と、二人連続で池に落ちた。

 この池はそんなに深くはなさそうだし、溺れることはないよね。


⦅その見た目に反して、結構強いのだな?⦆


「そうですか? 自分ではよくわかりませんが」


 自分自身と大切な家族を守れるくらいには、鍛練をしてきたつもりだけど。


「クソ、調子に乗りやがって!」


 今度は三人一緒らしい。

 足払いを警戒して、腰を低くしながら勢いよく向かってくる。

 僕の腕と足を同時に掴んで池に投げ落とすつもりなんだろうな。

 でもね、頭上が疎かになっていますよ。

 掴まれる前に、一人の頭に手を置いてひらりと後ろに飛び越える。

 二人は勢いあまってぶつかった。『ゴツン』と音がしたから、あれはかなり痛いかも。

 目を回しながら、勝手に池に落ちていった。


「さて、残りはおまえ一人だが、まだやるのか?」


 本当は「無駄な抵抗は止めて、おとなしく降伏しろ!」って台詞を言いたかったけど、今はそういう場面じゃないもんな……残念。


「俺の負けだ。煮るなり焼くなり、好きにしろ!!」


「ハッハッハ! 俺は弱者をいたぶる趣味はない。おまえは命拾いしたな」


 これは、二番目に言いたかった台詞。

 こっちは良い感じで決まったね。

 

⦅おまえ、本当は命まで取るつもりだったのか……容赦ないな⦆


 仔空さまが驚いているから、「取りません(!!) 物語の台詞です(!)」と慌てて告げておく。

 そんなことまでしたら、僕が悪役になってしまう。


「早く、仲間を池から引き揚げてやれ。風邪をひくぞ」


 今の時季はそこまで寒くはないから、大丈夫だとは思うけど。

 風邪をひいても、僕のせいではない!

 では、忙しいのでこれで失礼しますね。

 できれば、今夜中に上級妃のところをすべて見ておきたいから。

 

 男の横を、凄腕宦官らしく肩で風を切るように颯爽と通り過ぎる。

 所作も、それっぽく見えたんじゃないかな?

 僕が男に背を向けたときだった。

 後ろから飛んできたのは、石のつぶて

 仔空さまの体を通り抜け、僕の頭に真っすぐ向かってきた。


鼬瓏ユーロン!!⦆


 あ、大丈夫ですよ。

 こてっと頭を傾け、難なく避ける。耳元を、拳大の石がかすめていった。

 あんなのが頭に当たったら、ケガだけは済まないぞ。下手したら、死んじゃうかも。

 まさに、最後の悪あがき。物語に登場する、典型的な悪役だね。


「……おまえは、まだ俺とやり合うつもりなんだな?」


 今度は、低い威圧感のある声を出してみた。

 この声を出すのは結構大変だ。

 僕の地声は高いから、お腹に力を入れないと太く濁った声は出ない。

 

 つかつかと男の傍まで歩み寄ったら、ガタガタと震えながら自分から池に落ちていった。

 ちょっと脅かしすぎたかもしれないと、少し反省。

 でも、手を出すつもりはなかったよ。言い訳だけど。


「これに懲りたら、二度とやるんじゃねえぞ。俺だけでなく、他の奴らに手を出すこともだ」


 ついでだから、釘も刺しておく。

 弱い者いじめは、絶対ダメ!


「もし、俺との約束をたがえたときは……わかっているな?」


「わ、わかっている。約束は守る! 絶対に!!」


 うんうん、理解してもらえたようで何よりです。

 では、仔空さま行きましょう。


⦅俺も、おまえを本気で怒らせないように気をつけようと思う……⦆


 えっ、どういうこと?

 しみじみと語る仔空さまの顔を、まじまじと見つめてしまった僕だった。


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