第10話 ついに発見!!


 ちょっと余計な道草を食ったけど、上級妃たちの宮が建ち並ぶ場所にやって来た。


「わあ……さすがに立派ですね」


 思わず、感嘆のため息がもれる。

 他と比較するまでもない。

 広い敷地に、どっしりとした威圧を感じるほどの門構え。

 手入れの行き届いた庭園。

 もちろん、屋敷も大きい。


 なるほど、ここが上級妃たちが住むところなのか。

 たしかに、新人宦官がうろちょろしていい場所ではないね。


「呪いが解けたら、仔空さまはまずはこちらへ通われるのですよね?」


 それぞれの実家の力関係とか、国の重鎮たちとの繋がりとか、いろいろ面倒なしがらみがあると聞いている。

 通う順番も、まずは上級妃からと気を遣う必要があるとか云々……女官たちの噂話を又聞きしただけだから、本当かどうか知らないけど。


⦅あ、ああ……そうだな⦆


 何となく歯切れが悪いのは、今はそれどころじゃないからだろうね。

 でも、「早く、お世継ぎを!」と浩宇ハオユーさんが言っていたから、仔空さまは頑張ってください。

 僕も、自分の任務を頑張ります!


 さて、僕たちが目指していた物は、どうやらアレのようだ。

 ここからでも感じる強い妖気。

  

「仔空さまは、これ以上近づかないでください」


⦅あの灯籠とうろうが、そうなのか?⦆


「はい」


 仔空さまが感じ取れるくらいだし、僕には白い煙がモクモクと出ているように見えるから、相当な妖気が漏れているのだろう。

 でも、意外なことに禍々まがまがしさは全く感じない。

 これほどの妖気なのに、なぜだろう?


 慎重に近づくと、それは石灯籠ではなく銅灯籠だった。

 銅灯籠はとても高いものだと聞いたことがある。

 さすが、上級妃が住まう場所は他とは違うね。

 光源として中に置かれているのは、太い蝋燭ロウソク

 息を吹きかけ火を消すと、煙も見えなくなった。

 灯篭自体に妖気は感じられない。

 ということは、この蝋燭が呪いの本体……ん?

 

 これって……


⦅お~い、大丈夫か?⦆


「すいません、お待たせしました」


 とりあえず、蝋燭を持って仔空さまのもとへ戻る。


⦅何かあったのか?⦆


「ちょっと、気になることがありまして。でも、問題ないです」


⦅それが、呪物なのか?⦆


「間違いありません」


⦅まさか、こんな堂々と置かれていたとはな……⦆


 仔空さまは絶句しているし、僕も人目につかないように隠されているものと思っていた。

 蝋燭をよく見ると、ろうの中に字の書かれた紙のようなものが混ぜられている。これが呪詛じゅそ(呪い)なのだろう。


「おそらく、火を点けることで呪いが発動するような、そんな仕掛けではないでしょうか」


⦅しかし、呪いが解けたはずなのに、俺の姿はあやかしのままだぞ?⦆


「呪いの影響はまだ残っていますが、元を断ちましたので朝には元通りになっていますよ」


 これに火を点けないかぎり、呪いは発動しません。


⦅そうか、では明日の朝には兄上も……⦆


「兄上?」


⦅な、なんでもない!⦆


 珍しく、仔空さまが挙動不審になった。

 どうしたんだろう?と思いつつ、雲竜さんから預かったお札を呪物へ張っておく。

 気になることがあるけど、ここから先は僕ではなく道士さんたちの仕事だ。

 

 その後、仔空さまは寝所へ戻り、僕は見回りを続けた。

 念のため、他にも呪物がないか確認だけはしておかないとね。


 そして翌朝、浩宇ハオユーさんに迎えに来てもらい、僕は後宮を後にした。

 去り際に、あの五人組を見かけた。

 せっかくだからと別れの挨拶をしたのに、血相を変えて逃げられてしまう。

 そういえば、昨夜「弱い者いじめをするな!」と釘を刺したことをすっかり忘れていた。

 まあ、あれだけ全力疾走ができるみたいだから、風邪はひかなかったようだね。


 もう、僕にできることはない。

 あとは雲竜さんたちに任せて、見回りの仕事に戻れる。

 

 ────このときの僕は、そう思っていた



 ◇



 私室へ戻り、一度仮眠を取る。

 湯浴みをして変装を解いた僕は、日没前に仔空さまの寝所にいた。

 僕の他には、宰相様や雲竜さんや浩宇さんもいる。

 

 皆が固唾を吞んで見守るなか、日が沈んでいく。

 しばらくして、寝台に横になっていた仔空さまが目を開ける。妖狐の姿になることはなかった。 



 ◇◇◇



 翌日、僕は後宮へ帰るべく荷物をまとめていた。

 やっぱり、物は増やさなくて正解だったね。荷造りが楽でいい。

 鼻歌を歌いながら、ついつい考えてしまうのはアレのこと。

 

「そういえば、給金ってどれくらい貰えるんだろう?」


 通常の給金に上乗せされる形なのか、それとも……

 考えただけでニヤニヤしてしまう。フフフと笑いが漏れる。

 今の僕の顔は、絶対に誰にも見せられない。

 

 大きなひとりごとだったのに、後ろから答えが返ってきた。


「……給金をさらに弾んでやるから、もう少しだけここに居てくれないか?」


 振り返った先に居たのは、深刻そうな顔をした仔空さまと浩宇さんだった。


「何かあったのですか?」


「「…………」」


 僕の問いかけに二人は顔を見合わせるだけで、何も答えてくれない。

 昨夜は呪いが無事に解けたと、喜んでいたはずなのに。


「おまえに会わせたい人がいる。俺と一緒に来てくれ」


「わかりました」


 事情は、ここでは話せないらしい。

 

 僕が連れていかれたのは、宮殿の更に奥にある庭園に建てられた離宮だった。

 隠されるように立つ建物の周囲は、衛兵たちによって守られている。非常に物々しい雰囲気だ。

 そんな外とは逆に、建物内はとても静か。僕たちの歩く音だけが響いている。

 扉の前に立っていた年配の侍女さんが、恭しく仔空さまへ揖礼ゆうれいした。

 

「容体は、どうだ?」


「お変わりありません」


「……そうか」


 容体を聞くとは、誰か体の具合の悪い人でもいるのだろうか。

 仔空さまの後に続いて部屋へと入る。

 かなり広い立派な部屋だ。

 さぞかし、身分の高い方なのだろう。

 

 豪華な天蓋付きの寝台に、誰かが横たわっている。

 仔空さまに促されるまま静かに近づくと、顔が見えた。


「えっ!? この人は……」


 そこには、仔空さまが眠っていた。


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