第11話 本物の……


 なぜ、仔空さまが二人いるのだろう。

 もしかして、あやかし?

 でも、妖気は感じられないから違うよね。


「ここに居るのは、俺の兄上……本物の皇帝、紫釉シユだ」


「本物の皇帝?」


「俺たちは、双子の兄弟なのだ」


「!?」


 仔空さまには異母兄弟だけで、同母の兄弟はいないと聞いていた。

 現皇帝が双子だったなんて、民には周知されていない話。

 僕はまた重要な秘密を知ってしまった!


「実は、僕の弟と妹も双子なのです。仔空さまもそうだとは、全然知りませんでした」


「俺が皇帝と血を分けた兄弟であることは、国の民だけでなく宮廷内でもごく一部の者以外には秘されている。表向きは、俺は皇帝陛下の代役…つまり、影武者だな」


「えっ、どうしてですか?」


「皇帝と同じ顔をした兄弟がいるとわかれば、それを悪用しようとするやからが出てくるかもしれない。父上は、それを懸念されたのだ」


 だから、仔空さまは生まれた時からずっと兄の影武者を演じ続けてきたのだそう。

 顔がよく似た『赤の他人』として。


「…………」


 皇族である仔空さまは、僕たち平民とは立場が違う。それは、こんな僕でも理解している。

 でも、同じ親から生まれた兄弟なのに、弟というだけでその存在を無いものにされてしまうのは悲しい。

 悲しすぎる。


「ハハハ……なぜ、おまえがそんな顔をするんだ? 俺は表立って弟と名乗れなくても、別に辛くはないぞ。兄上のお役に立っているという自負があるからな」


「……そういうものですか?」


「表向きは影武者の立場になるが、裏では執務の手伝いもしていた。兄上が『仔空も、皇弟としての自覚を持て』とおっしゃったのだ」


 そのおかげで、今こうして代役を務めることができると仔空さまは微笑む。


「ただし、この国の皇帝は兄上ただ一人。他に代わりはいない。だから、なんとしても目を覚ましてもらわなければならないのだ」


 仔空さまは、穏やかな顔で眠る皇帝の手を取る。

 その表情は悲しみに満ちていた。


「もう一度、おまえの力を貸してほしい」


「皇帝陛下も、呪いにかけられたということですか?」


「あの日、俺たちは私室で国の今後について意見交換をしていた。しかし、気付いたら意識を失って二人とも倒れていたのだ」


 そこから先の話は、僕が以前聞いた通り。

 呪物を回収し、仔空さまは元の姿に戻った。

 

 しかし……


「今朝も、兄上は目を覚まされなかったのだ」


 ずっと様子を見ていたけど、一向に起きる気配がない。

 そこで、僕にすべての事情を打ち明け、再び協力を要請したのだそう。


「おそらく、皇帝陛下も仔空さまと同じようにあやかしになっていたと思います。宮殿のどこかで会わなかったですか?」


 ちなみに、僕は見かけていないです。


「いや、俺も会っていない」


 う~ん。

 呪物があれしかないことはたしかだ。

 となれば、考えられることは一つしかない。


「魂が体から抜け出てすぐに、あやかしに捕らわれたのかもしれませんね」


「なに!?」


「体に戻れない(状態になっている)ので、一度も目を覚まさないのです」


 仔空さまと同じ状態であれば、日が昇っているうちは目を覚ましていたはず。

 でも、それができないから、ずっと眠ったままなのだ。


「これは、僕の勝手な推測です」


「いや、おまえの推測は当たっていると思う。それで、これからどうすればいい?」


「そのあやかしを探し出し、魂を返してもらうのです。捕まえたままにしているので、今のところ食べるつもりはないようですね」


 もし最初から食べるつもりだったなら、すぐに食べていたはず。

 それをしないのは、別の目的があるからだろうか。


「でも、絶対に食べないという保証はないのだろう?」


「はい。ですから急を要します」


 そのあやかしが、宮殿内のどこかにいるのは間違いないと思う。

 彼らは、基本的に住み着く場所は大きく変えないそうだから。

 ただし、例外のあやかしも存在することはたしか。僕の本当の母さんのように。

 もしそうだったら、お手上げだ。

 何か、捜す手掛かりになるようなものがあればいいのだけれど。


「あの蝋燭の出所は、調べているのですか?」


「もちろん、早急に調査をさせている。今日中には、犯人の目星が付くはずだ」


 置かれた場所が場所だけに、関与している人物はかなり絞り込まれていると仔空さまは言う。

 あの銅灯籠だけに置かれていたから、あそこを管理している女官や宦官が真っ先に調べられる。

 次に怪しいのは、付近に住む人たちだ。

 上級妃に仕える侍女、もしくは妃嬪本人とか?


「おまえは、犯人とあやかしが通じていると思うか?」


「その可能性は高いですね。蝋燭からも妖気を感じましたし。でも……」


「なんだ?」


「よほど妖力が強いあやかしでないと、普通の人は認識できません。そんなあやかしが、人に手を貸すかな?と思うんです」


 自分より圧倒的に力の弱い『人』に、わざわざ力を貸す理由がない。


「逆ではないのか? 皇帝陛下の魂を手に入れるために、あやかしが人を使役していたのでは?」


「蝋燭のあやかしと、陛下の魂を捕まえている(と思われる)あやかしは、別です」


 これは、言葉では説明しにくい僕の感覚的なもの。

 妖気の雰囲気というか匂いというか、とにかく二つは別物なのだ。

 妖狐のときの仔空さまから感じ取った妖気と、蝋燭から漏れ出ていた妖気の両方を知る僕にしかわからないこと。


 いろいろと犯人像を推測していたら、ふと気づいてしまった。

 どんなあやかしでも認識できる人物ならば、まったく問題なく犯行が行えること。

 そして、それを行える人物が一人だけ居ることを。


「今さらですけど、仔空さまは僕が怪しいとは思わないのですか?」


「たしかにこの状況だけを見れば、おまえは一番疑わしい人物だな」


 ですよね。

 後宮にいて、普通の人では認識できないあやかしまで認識できる半妖宦官。

 もし僕が仔空さまだったら、真っ先に疑っている。

 それなのに、どうして僕にもう一度協力を依頼したのですか?


「後宮で最初に出会ったときに、おまえは俺の顔を知らなかったこと。標的の顔を知らないなど、あり得ない。翌日に、俺の正体を知っても取り入ろうとしなかったことも大きい。何か目的があるのであれば、好機と捉え自ら懐に入ってくるはずだろう?」


「あれは、演技だったかもしれませんよ? 油断させておいて、急に牙をむくとか……」


「ハッハッハ! おまえは単純だからな、考えていることがわかりやすいのだ。すぐに顔に出るしな」


 仔空さまの後ろで、浩宇さんも大きく頷いている。

 おかしいな。僕は、間者物語の主人公に負けず劣らずの完璧な演技派のはずなのに。

 まあでも、疑いを持たれていないことがわかって一安心。


「俺はおまえを信用しているし、頼りにもしている。だから、どうか兄上を助けてほしい」


「もちろんです! これからも頑張りま……えええええ~!?」


 深々と頭を下げられてしまった!

 仔空さまは皇帝…じゃなくて皇弟殿下なのですから、下っ端宦官に頭を下げては駄目ですよ!!



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