第8話 潜入調査、開始!


 数日後の夜半、僕の姿は後宮にあった。

 髪と眉を綺麗に黒へ染め、履くと背が高くなるくつまで用意してもらった。

 言葉遣いも仔空さまから直々に指導を受けたから、僕を鼬瓏ユーロンと気付く人は誰もいない。

 今の僕は『凄腕宦官の洋瓏ヤンロン』。

 フフッ、これを完璧な変装というのだろう。


⦅そうやって油断をしていると、足元をすくわれるぞ⦆


「そうですね」


⦅言葉遣いが、もとに戻っているな⦆


「はい、すみません。でも……」


 ちょっといいですか?


⦅なんだ?⦆


「どうして、仔空さまがここにいるんですか?」


 ごくごく自然に隣にいて、ごくごく自然に言葉を交わしたけど、たしか僕一人で後宮に潜入する計画だったのでは?

 そもそも、呪物があると思われる危険なところに、標的自らがわざわざ出て来ないでください。

 寝所で、おとなしくしていてもらえませんか?


⦅それは……おまえが心配だからに決まっているだろう!⦆


「仔空さまに何かあったら、どうするんです? 国の一大事ですよ!」


 下っ端宦官の僕と違って、仔空さまはこの国の皇帝。最重要人物だ。

 今の仔空さまに『人』は手出しができないが、あやかしは関係ない。

 魂そのものが喰われてしまったら、あっという間に死人の出来上がり!


⦅そこまで深くは考えていなかったな……⦆


「深く考えるのは、ご自分の寝所へ戻ってからにしてください」


 仔空さまが考えているあいだに、僕が後宮内の捜索をしておきますので、では!

 時間が惜しいから、さっさと歩き出す。

 

 当然すぐに帰ると思っていた仔空さまが、なぜか少し距離を取りながらついてきた。

 僕が足を止めると、仔空さまも同じように足を止める。

 再び歩き出すと、やっぱり同じように歩き出す。

 突然くるっと後ろを振り返ってみたら、道に置かれた大きな石灯籠とうろうの陰にサッと隠れた。

 うん、なかなか俊敏な動き。

 

「……耳と尻尾が見えていますよ?」


 今夜は三日月だから、月明かりはほとんどない。

 手に持っている提灯ちょうちんは足元しか照らしてくれないが、夜目が利く僕は遠くもよく見える。

 これぞまさしく『頭隠して、耳と尻(尾)隠さず』、なんてね。

 いやいや、冗談を言っている場合ではなかった。


「早く、帰ってください」


⦅…………⦆


「仔・空・さ・ま?」


⦅…………⦆


 返事がない。

 もう一度、今度は早足で歩き出したら、やっぱり後をついてくる。

 振り返れば、石灯籠に隠れてしまう。

 う~ん、これはキリがないぞ。


「ハア…僕の傍から、絶対に離れないでくださいよ?」


 まったく帰る気がなさそうだから、仕方ない。説得するにも、時間がかかりそうだし。

 だったら、最初から僕が守ります。


「その代わり、明日浩宇さんにしっかりお説教をしてもらいますからね?」


⦅…………⦆


「仔空さま、僕の話を聞いていますか?」


 いつもと、立場が完全に逆になった。


⦅……わかった⦆


 石灯籠の陰から出てきた仔空さまは、耳を垂らし、しゅんとした表情。いかにも、私は猛烈に反省していますと言わんばかりの態度だ。

 しかし、僕は騙されない。仔空さまは、明らかに喜んでいる。

 なぜなら、尻尾が左右に大きく振られているから。

 風が巻き起こり、そこだけ地面が綺麗になっている。

 

 仔空さま、尻尾で掃き掃除中ですか?



 ◇



 見回りをしているのは、中級妃たちの宮が立ち並ぶ場所。

 一つ階級が違うだけで、宮の造りはまるで違う。

 下級妃たちには大きな建物の中に個々に部屋が与えられているが、中級妃たちは小さいながらも独立した宮だ。


「結構、空き家がありますね?」


 明らかに人が住んでいないと思われる宮が、あちこちに点在している。


⦅父上…前皇帝が、妃嬪の数を大幅に減らしたからな。祖父の代の半分くらいになっている⦆


「半分とは、すごいですね」


⦅当時は、かなり反発もあったと聞く。でも、俺は英断だったと思っている。後宮を維持する金を削減し、それを国の民のために使ったのだ⦆


「それは、仔空さまもおこなっていることですよね?」


 執務の手伝いをしている僕は知っている。

 予算が足りなければ通常は課税して補うところを、他を削減することで民への負担を回避しているのだ。


⦅俺は、父上の志を継いでいるだけだ⦆


「それでも、立派です!」


 僕には、まつりごとのことは難しくてよくわからない。

 でも、仔空さまが国や国の民のために頑張っていることはわかる。

 父さんや母さんが言っていた。皆が飢えずに暮らせるのは、皇帝陛下のおかげなのだと。

 

⦅ハッハッハ、おまえに言われると嬉しいものだな⦆


「僕は、お世辞は言いません」


⦅ああ、よく知っている⦆


 仔空さまの手が伸びてきて、頭をポンポンと撫でられた。

 もちろん妖狐の姿だから、触れられた感覚はない。


 父さんや母さん、姉さんも、よく頭を撫でてくれた。

 さすがに僕が成人したから、もう撫でられることはなくなったけどね。

 それからは、僕が弟や妹の頭を撫でている。

 実家に帰ったら、「お偉いさん(皇帝)に頭を撫でてもらったよ」と、こっそり自慢しよう……ふふふ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る