第16話 あやかしの事情
宮殿の一角にある鍛練場に着いたのは、もうすぐ日が暮れようかという頃。
窓からは西日が差している。
ここは、衛兵さんたちが使用している場所ではなく、道士さんたちの修行場とのこと。
この場にいるのは、僕と雲竜さんと雲慶さん。
蝋燭職人の
そして……
「おぬしの名は、
「はい」
「蝋燭に
「そうです」
雲竜さんからの問いかけに、狸さんは淡々と答えている。
工房に入ったときから感じた、濃い妖気。
蝋燭から湧き出ていたのも、彼の妖気だった。
「どうして、そんなことをしたのじゃ? 皇帝陛下に恨みでもあったのか?」
「恨みなどありません。ただ、なんとなく……」
「畏れながら申し上げます! 狸さんは、困窮している私たちに手を差し伸べてくれた恩人です!! 罰するなら、どうかその蝋燭を作った私を罰してください!!!」
「今回の件は、私が独断で行ったこと。そもそも、彼女たちは私があやかしであることも知らなかったのですから無関係です。私は、皆を
狸さんは、フフフと妖艶な笑みを浮かべている。
まるで、物語の最後に登場する悪の組織の親玉のように。
頭に手拭いを巻き、職人姿の彼。一見すると、気の優しそうなどこにでもいる普通の人。
でも、内にある妖力は膨大で、彼があやかしの中でも上位種であることを物語っている。
雲慶さんは何かあればいつでも対応できるように、ずっと警戒態勢を解いていない。
「……どうして、『欺いて楽しんでいた』なんて嘘をつくんですか?」
何の前置きもなく、いきなり疑問をぶつけたら、狸さんの目が泳いだ。
やっぱり、彼は事情を一切話さず、一人で罪を被る気のようだ。
でも、そんなことは僕がさせない。
「あなたは苦しみ悲しんでいましたよね? その理由を、僕たちに話してもらえませんか?」
「…………」
「あなたを信頼している玲玲さんや暁東くんにも、本当のことを話さないつもりですか?」
「こいつが嘘をついていると、どうしておまえにわかるんだ?」
「蝋燭にこめられていた妖気に、『楽しい』なんて感情は一切ありませんでした。あったのは、『苦しみ』と『悲しみ』の感情だけです」
雲慶さんたちにはそこまで感じ取れなかったかもしれないけど、半妖の僕は違う。
どんなに隠していても、微細なことまで読み取れてしまうのだ。
「……私たちは、狸さんがあやかしだって知っていたわ」
「えっ!?」
「ふふふ、だって……手拭いを取った頭から、たまに耳が見えていたもの。うたた寝をしているときは、大きな尻尾もね。狸さんが正体を隠しているから、私たちもずっと気付かないふりをしていたのよ」
暁東くんは、眠っている狸さんの尻尾でよく遊んでいたんだって。
「知っていて、どうして……」
「『人』だろうと『あやかし』だろうと、関係ないでしょう? 狸さんように良いあやかしもいれば、あの人たちのように悪人だっている。それだけのことよ」
「…………」
「狸さんは、あのときの白い狸だったのね?」
「……私は、君たちに恩返しがしたかっただけなんだ。それなのに……」
半年ほど前、山へ茸を取りに行った玲玲さん姉弟が見つけたのは、足を怪我して動けなくなっていた白い狸だった。
「君が薬を塗ってくれて、暁東くんは私のために木の実を取ってきてくれた。そのおかげで、助かったんだ。だから、どうしてもお礼がしたかった」
匂いをたどり二人のもとを訪れた狸さんは、姉弟の亡き両親が残した借金の返済に苦しんでいることを知る。
人に化け、姉弟の父親と自分の父親が友人だったと嘘をつき、蝋燭職人の玲玲さんへ新しい商品の提案をした。
妖狸である狸さんの妖術は、自分で書いた文字に妖力がこめられること。
書いた内容を、実現させることができるのだ。
人でも『
「もちろん、『死んだ人を生き返らせる』とか『若返らせる』なんてことはできない。だけど、想い人を振り向かせるとか、それくらいのことなら簡単にできる。ただし、蝋燭の効力はかなり弱めたが」
願いの書かれた紙を蝋に交ぜ『願掛け蠟燭』と売り出したら、瞬く間に人気の商品に。
これで、借金もすぐに返済ができると狸さんは安堵したのだけれど……
「しかし、借金取りたちから目を付けられてしまった。ああいう輩は、金づるとわかれば
ある意味、あやかしよりも恐ろしい…と雲慶さんはため息をついた。
「暁東くんを人質に取られ、私たちは監禁されてしまったんだ。私が良かれと思ってしたことが、結果的に彼女たちをさらに苦しめることになってしまった」
あやかしの力を使えばあそこから逃げ出すことは簡単だけど、今度は追われることになる。
それに、自分の正体を明かすことにもなってしまう。
でも、このままでは一生食い物にされるだけ。
狸さんがどうにか抜け出す方法を考えていたときに、あの願掛け依頼が来た。
「内容を見て、皇帝に近しい人物からの依頼だと思った。だから、この機会を逃すわけにはいかなかったんだ」
申し訳ないとは思ったが、願掛けの内容を変更し『(相手に)近い場所で使用してもらったほうが、より効果を発揮する』と伝えてもらう。
そうすれば、すぐに蝋燭を見つけてもらえると狸さんは考えたのだ。
願掛けの内容は、皇帝を呪い殺すとかそんな物騒なものではなく、『異様に眠気が増す』という体の異変が周囲から察知しやすいものだった。
「優秀な従者たちが、必ずや皇帝の不調の原因を突き止めに来ると、私は信じていた」
狸さんの狙いは当たる。僕たちが工房へ踏み込み、姉弟はようやく解放された。
借金の返済は、とっくの昔に終わっている。もう彼らに従う必要はない。
晴れて自由の身だ。
借金取りたちは、他にも数々の余罪があるそうだから、裁きを受けるのは間違いないだろうね。
「事情を知れば、おぬしらには同情しかないのじゃが、しかし……」
「理由があったとはいえ、皇帝陛下を呪ったことに変わりはないからな……」
そうなんだよね。
結果的に、本物の皇帝陛下の魂が行方不明になっている。
このことは、僕と雲竜さんしか知らないことだから、ここで口にすることはできないけど。
「失礼いたします。陛下が、お呼びでございます」
鍛練場に現れたのは、浩宇さんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます