第15話 制圧しました!


「おにいちゃんは……だれ?」


 男の子が涙目になっている。

 そうだよね。いきなり知らない人に抱っこされて、泣くなというほうが無理な話だ。


「僕は、悪い人を懲らしめる正義の味方だよ」


 ある時は、凄腕宦官。また、ある時は金持ちの坊ちゃん。

 しかし、その正体は、半妖の鼬瓏ユーロンだ!!

 ……と、心の中だけで名乗っておく。


「もしかして……ぼくたちを助けにきてくれたの?」


「そうだよ。だから、もう心配ないからね!」


 一軒家を出て、裏の森へとどんどん進んでいく。

 微量だけど妖気を感じる。間違いなく、この先にあやかしがいる。

 

 隠されるようにひっそりと建っている小屋を見つけた。

 ここまで誰も僕を追ってこなかったということは……

 耳をすますと、遠くでバタバタと音が聞こえる。

 どうやら、あっちは本格的に始まったみたい。


「怖がらせて、ごめんね。お詫びに、これをあげる」


 男の子を降ろすと、僕は懐から紙包みを取り出した。

 これは、昨日仔空さまから貰ったお菓子。

 たくさんあるから、小腹が空いたら食べようと持ってきたものだ。

 中には、月餅が二つ入っている。


「わあ! おいしそう!! あっ、でも……しらない人からもらったものは食べちゃだめ!って、姉さんに言われているから……」

 

 男の子がしょんぼりしちゃった。

 この月餅はとても美味しいから、ぜひ食べてほしいんだけどな。

 月餅を半分に割って、一つを目の前で食べてみせた。ほら、変な物はなにも入っていないよ?って。

 そうしたら、ようやく食べてくれた。美味しいって、喜んでいる。

 もう一つも半分こして渡したら、「こっちは、姉さんたちにあげる!」だって。

 仲が良いんだな。

 なんだか、無性に弟たちに会いたくなってしまった。


「危ないから、君はここにいてね」


「お兄ちゃんは、なにをするの?」


「もちろん、悪者退治! では、お二人とも準備はいいですか?」


 森へ声をかけると、木の陰から出てきたのは道士の二人。

 彼らも、妖気を辿ってここまで来ていたのだろう。


「儂はこの子を守っておるから、あとは若いおぬしらに任せる」


「わかりました! 僕も頑張って、悪い人たちをたくさん片付けます!!」


「コラ! おまえは役目が終わったらおとなしくしている約束だろう!!」

 

 そういえば、そうだった。


「では、後ろから雲慶さんのご武運をお祈りします」


 フフッ、また一つ言いたかった台詞が言えた!

 

 では、始めますか。

 二人を残し、雲慶さんと二手に分かれて小屋へ近づく。

 さっきと同じように、まずは扉をドンドン叩いて「すいません!」を連呼したら、すぐに男が二人出てきた。

 僕が見上げてしまうくらいの大男たちだ。


「うるせえな。ここは、餓鬼ガキの来るところじゃねえぞ」


「とっとと、あっちへ行け!」


「へえ、上客の僕にそんな口をきいても、いいのかな?」


「「はあ?」」


「ねえ、早く蝋燭をくれないかな? 僕は、待ちくたびれちゃったんだよね……」


「てめえか、『早く蝋燭を渡せ!』と押しかけてきた迷惑な客は」


「そういうわけだからさ、おとなしく職人さんに会わせてよ? じゃないと、君たちが痛い目に遭うかもしれないよ?」


 さて、一応警告はしたし、これだけ時間を稼げば十分だよね。

 

「アハハ! 俺たちがどんな目に遭うって言うんだ」


「この餓鬼、相当頭がイカれているようだぜ」


 腹を抱えて笑い合っている男たちの後ろで、突然「ドン!」と小屋から大きな音がした。

 こっちも、ついに始まったみたい。

 

「な、なんだ?」


「兄貴、俺が様子を見───」


 僕と話をしつつも辺りは警戒していた男たちに、一瞬の隙ができる。

 後ろへ気を取られた男たちの鳩尾みぞおちに、それぞれ拳を一発ずつ当てたら、そのまま倒れこんだ。

 仲間を呼ばれると面倒だから、躊躇せず一撃で意識を刈り取らせてもらったよ。

 これで、当分目は覚まさないだろう。

 では、遠慮なくお邪魔します。


 小屋の中では、雲慶さんが五人の男相手に奮闘していた。

 横の壁には、大きな穴が開いている。

 雲慶さんが道術で開けたものだ。

 なんでも、自分の『気』を練り上げて放つものらしい。

 僕も修行すれば、自分の妖気?を放つことができるのだろうか。

 ぜひ、雲竜さんに教えてもらいたい。


 さすがに一人で一度に五人も対処するのは厳しいと思うから、二人だけ僕が引き受けようと思う。

 襟元を掴んで、ポイ!ポイ!と軽く投げ飛ばしておいた。

 

「あの……よければ、もう一人くらいお手伝いしましょうか?」


「コラ! 役目が終わったら、おまえは外で待機していろと言っただろう!!」


 アハハ……やっぱり怒られてしまった。 

 でも、待っていても手持ち無沙汰ですし、一緒に片付けたほうが早く終わりますよ?


「だったら、おまえは職人のところへ行け!!」


「わかりました!」


 奥の部屋は工房になっていた。中にいたのは、職人姿の若い男女。

 肩を寄せ合って、部屋の隅にうずくまっていた。

 部屋に充満しているのは蜜蠟みつろうの匂いと……


「すいません、あなたは蠟燭職人の玲玲リンリンさんですか?」


「……君は、誰だ?」


 女の人に代わって答えたのは、男の人。僕を非常に警戒している。

 玲玲さんらしき人を後ろに隠すように、自分が前に出た。

 いきなりドンドンと大きな物音がして、見知らぬ僕が工房に入ってきたのだから、当然の反応か。


「蠟燭職人の姉とその弟が監禁されていると知り、助けに来ました。弟さんはすでに保護していますから、安心してください」


暁東シャオドンは無事なのね、良かった……」


 ぐったりと倒れ込んだ玲玲さんを、男の人が慌てて抱きとめる。

 二人とも、かなり衰弱しているみたいだ。

 手を貸しましょうか?と言ってみたけど、男の人に断られる。

 二人はお互いに支え合いながら、ゆっくりこっちに歩いてきた。

 隣の部屋では、雲慶さんがすでに男五人を縛り上げている最中だった。


「おい、入り口で気絶している大男たちも、おまえがやったのか?」


「はい。僕も、やる時はやるんですよ?」


「……フン」


 あれ? ここは「よくやった!」と少しは褒めてくれる場面じゃないの?

 ……まあ、いいか。


「それで、職人はどうした?」


「ご覧の通り、無事に救出しました」


「そうか。これで老師様へ良いご報告…おい、そいつは───」

 

 雲慶さんが、鋭いまなざしを若い男の人へ向けたときだった。

 壁の穴から、男が飛び込んできた。


「襲撃だ! てめえら、早く逃げるぞ!!」


「残念だったな。おまえたちの仲間は俺が捕まえた。もう逃げられないぞ」


「なんだと!?」


 雲慶さんの言葉に続いて、僕もいきます!

 

「無駄な抵抗は止めて、おとなしく降伏しろ!」


 やった! ついに言えたぞ。

 あと、これは襲撃じゃなくて、救出劇だからね。


「クソ!」


 諦めて投降するのかと思ったら、男は懐から小刀を取り出し、近くにいた玲玲さんに突きつける。

 言いたい台詞が言えた!と喜んでいる場合ではなかった。

 これは、ちょっとまずいかもしれない。

 

 こうなったら、僕の奥の手を出すしか……


「おまえたちは穴から離れろ! 俺に一歩でも近づいたら、この女の命……」


「……彼女に手を出したら、私が許さん」


 男の人が玲玲さんを庇い、男へ背中を向けた…ように見えた。

 あまりにも素早い動きに、僕でも目で追うことが難しかったくらい。

 気づいたら、男が何かに弾かれたようにものすごい勢いで反対側の壁に吹っ飛んでいた。

 バタンバタンと、まるで忌々しいと言わんばかりに床に叩きつけられているものが、視界の隅に映る。

 男の人のお尻から生えていたのは、大きな白い尻尾だった。

 





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