第14話 これぞ、迫真の演技?


 三日後、僕は再びあの店…ではなく、都の外れに向かう馬車に乗っていた。

 目的地は、蝋燭を作っている職人がいる工房だ。



 ◇



 蝋燭を注文した翌日、店主の言葉通り使いの者が店へやって来た。

 彼の後を刑部の捜査官がこっそり尾行し、職人の居場所を確認。

 その後の調査から、疑わしい状況が見えてきた。

 そして今日、いよいよ乗り込んでいくことになったのだ。


 同じ馬車に乗っているのは、僕の他に二人。道士の雲竜ウンリュウさんと、弟子の……そう、雲慶ウンケイさんだ。

 前の馬車には、刑部の精鋭部隊が乗っている。

 捜査官ではない僕たちまで招集された理由は、蝋燭に妖気がこめられていたため。

 もし戦闘となった場合、僕たちがあやかしを対処することになっている。

 ちなみに、仔空さまは今日はお留守番だ。

 俺も同行する!と頑なに言い張っていたけど、浩宇さんにあえなく全力で阻止されていた。

 当然だよね。そんな危険な場所に、皇弟殿下を行かせるわけがないのだから。

 

 都の中心部から外れると、辺り一帯はのどかな田園風景が広がる。

 僕の故郷にも似た景色を懐かしく眺めていたら、「フン!」と声が聞こえた。


「はっきり言って、おまえは足手まといだ。命令されたこと以外は何もせず、隅でおとなしくしていろ。いいな?」


「わかっています」


 相変わらず、僕はお弟子さんたちからは睨まれているみたいだ。

 馬車に乗る前に雲竜さんからは、「弟子たちが、儂のために『功を立てねば!』と焦っておるのじゃ。おぬしにはまた不愉快な思いをさせるかもしれんが、すまぬ」と先に謝られていた。


「雲慶さん、一つ質問をしてもいいですか?」


「……なんだ?」


「あっちの仲間に、あやかしがいると思いますか?」


「蝋燭に、あれだけの妖気がこめられていたんだ。いるに決まっているだろう」


「そうですか……」


「おぬしは、いないと思っておるのか?」


「あやかしはいると思います。でも、彼らの仲間なのかなって」


 呪物であれば、強い憎しみを感じるはずなのだ。

 だけど、あの妖気からはそういうものは一切感じなかった。

 どちらかと言えば、苦しみや悲しみの感情を強く受けた。

 それが、ずっと心に引っかかっている。


 いろいろと考え事をしているうちに、あっという間に目的地に着いた。



 ◇



 僕は、一軒の家の前に立つ。そこそこ大きい建物だ。

 今日も、お坊ちゃんのような恰好をしている。後ろに控えているのは、従者にふんした刑部の人だ。

 ここにいるのは僕たち二人だけで、他の人は見えない場所に隠れている。


「すいません! どなたか、いらっしゃいませんか?」


 遠慮なくドンドンと扉を叩く。

 力は加減しているけど、勢い余って壊したらごめんなさい。

 しばらくして、中で人の気配があった。しかし、戸は開かない。


「……失礼ですが、どちらさまでしょうか?」


 返ってきたのは、女の人の声だった。


「先日、こちらの願掛け蝋燭を注文した者です。一日早いですが、待ちきれなくてここまで取りに来てしまいました!」


「えっと……申し訳ございませんが、まだ蝋燭はできておりません。明日には納品いたしますので、店でお受け取りください」


 顔を見なくても、声だけで戸惑っているのがわかる。

 突然やって来て、いきなりこんなことを言われたら誰だってびっくりするよね。


「僕は、金を十倍払っているんだ! それなのに、どうしてまだ出来ていないんですか!!」


「で、でも、お約束の期日は明日と聞いておりますが……」


「あっ! もしかして、最初から僕を騙すつもりだったんだ!! ひどい!!!」


 ひどいのは、僕だよ!と、心の中で突っ込んでおく。

 でも、我が儘で世間知らずな坊ちゃんを、上手く演じられていると思うんだ。


「こうなったら、訴えてやる! 父さんはお金持ちだから、僕がお願いすれば衛兵の十人や二十人くらい連れて───」


「お待ちください!!」


 急に扉が開いて、中から人が出てきた。

 でも、女の人ではなくて、男の人だ。


「先ほどは、大変失礼いたしました。ただいま、職人に大急ぎで作らせますので、もう少々お待ちを……」


「だったら、中で待たせてくれない?」


 立ったまま待っているのは疲れるし、喉も渇いたんだよね…と言ってみたら、ものすごい渋い顔をされてしまった。


「このような粗末なところに、お客様をご案内するわけには……」


「構わないよ。僕は、まったく気にならないからさ」


「ですが……」


 やっぱり、中へ入れてくれる気はなさそうだ。

 ならば、こうするしかないよね。


「じゃあ、お邪魔します!」


 問答無用で、強引に家の中へ入っていく。

 横をすり抜けるときに「お客様、お待ちください!!」と腕を掴まれそうになったけど、従者が「坊ちゃまに触らないでください!」と弾いてくれた。

 

 さてさて、中の様子はどうなっているのかな?



 ◇



 家の中には数名の男女と、幼い男の子がいた。

 男の子は、部屋の隅でぽつんと座っている。

 中年のおじさんとおばさんが一人ずつ。そして、さっき対応してくれた若い男の人。

 使用人が二人、壁側に控えている。

 こんな時間なのに、彼らは酒盛りをしていたようだ。中央の卓子テーブルの上には、つまみの載った皿や酒壺が転がっている。


「蝋燭は、どこで作っているの?」


「こちらとは別の場所で作っております」


 おじさんとおばさんは、迷惑そうな顔を隠しもしない。

 若い男の人だけは、まだかろうじて愛想笑いを浮かべている。


「作っているところを、見せてくれない?」


「申し訳ございませんが、商売上の秘密がございますので」


「僕は、口が堅いよ?」


 他人にペラペラ喋ったりはしません。

 秘密は、絶対に守ります!


「申し訳ございません」


「どうしても、駄目?」


「はい」


「これだけ頼んでも?」


「……はい」

 

 あっ、このお兄さん今ちょっとイラッとした。

 そうだよね。簡単には見せてもらえないよね。

 諦めた僕は、従者へにこりと微笑みかける。


「ねえ、君はどう思う? 大金を払って工房を見せてもらったら、父さんに叱られるかな?」


 これは、事前に取り決めをしていた暗号だ。

 『強引にでも、工房へ入りますか?』と捜査官へ尋ねている。

 

 僕が刑部の人から依頼されていたのは、家の中に入れてもらうことと、可能であれば工房へ案内してもらうこと。

 凄腕調査官としては、依頼された任務はきっちりと果たしたいのだけれど……

 

「よろしいのでは、ないでしょうか? 旦那様も『よくやった!』と褒めてくださるでしょう」


「そうだよね。僕も、そう思う」


 許可が下りたので、すぐさま行動開始!

 僕が歩み寄ったのは、部屋の隅で縮こまるようにして座っている男の子。


「あの人に言ってもらちが明かないから、君が工房へ案内してくれない? お小遣いをあげるからさ」


「えっ!? でも……」


「大丈夫! 僕が悪いようにはしないから」

 

 ちょっと失礼しますね。

 僕は男の子をひょいと抱きかかえると、すぐに部屋を出て行く。

 従者(捜査官)は、その場に残るようだ。


「おい、待て! さっきから勝手なことばか───」


 扉が勢いよく閉まって、声が聞こえなくなった。

 では、あとは刑部の皆さんにお任せします。


「じゃあ、君のお姉さんのところに行こうか?」


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