終話 これって、大団円って言うの?


 翌日、皇帝陛下は無事に目を覚ました。

 幸い体に異常はなく、念のため二,三日療養されたのち公務に戻るのだそう。

 もちろん仔空さまが代理を務めているから、皇帝が不在だったなんて(関係者以外)誰も知らない。



 ◇



 昨日は、仔空さまにとって特別な日だった。

 公務に復帰した皇帝が、皇弟のお披露目を行うと突然発言したのだ。

 これからは影武者ではなく、皇弟殿下として日の当たる場所に出る。

 まったく話を聞かされていなかった仔空さまは驚いていたが、従者の僕にとっては自分のことのように嬉しい出来事だった。

 

 『元従者』

 

 そう、僕は今日でお役御免となる。

 長いようで、あっという間だったな……なんて、珍しく感傷に浸っている僕の傍では、仔空さまと浩宇さんがあるやり取りをしていた。


「───ですから、その女子おなごとはどちらの方なのですか?」


「あ~、あれは……」


「女官ですか? それとも、官女ですか?」


「だから、そのような関係では……」


 浩宇さんは、従者からの報告内容を確認するためにやって来た。

 その報告とは、仔空さまの寝所から女子が出てきたというもの。

 その女子というのは、僕のことだ。

 

 あの日、泣き疲れて眠ってしまった僕を、仔空さまが寝所まで運んでくれ…おっと、その前に。

 僕たちを心配した狸さんが様子を見に戻ってきてくれなかったら、仔空さまだけではあそこからの脱出はできなかったよね。窓から寝所へ戻ることも。

 堅く閉じられた門を飛び越えたり、窓から部屋へ侵入するなんて、常人には到底不可能だから。

 

 あの時の僕は、変化したままの姿だった。

 目覚めてから変身を解くのを忘れて外へ出てしまったから、周囲の人たちはびっくりしただろうな。

 

 追及に困り果てた仔空さまが視線で助けを求めてくるけど、僕は知らんふり。

 だって、さすがに見目が変化することまではおおやけにできないからね。申し訳ないなとは思っている。

 この秘密を知っているのは、家族以外では仔空さまと狸さんだけだ。

 

「身分差を気にする必要はないと、皇帝陛下は仰っておられます。しかるべき方の養女にして、殿下と釣り合うようにいたしますゆえ!」


 浩宇さんがこんなにも熱心なのは、仔空さまにも早く落ち着いてもらいたいという皇帝の命を受けているから。


「浩宇さん、大丈夫ですよ。これから仔空さまには見合い話が殺到します。その中に、心を動かされる方がきっといますよ」


 たとえば、高官や地方豪族の娘とか、他国の皇女や王女とかね。

 こんな男前だし、(ちょっと頑固だけど)優しい人だから。


「心を動かされる相手か……」


 仔空さまが、僕をじっと見ている。

 あまりにも見られすぎて、このままでは顔に穴が開くかもしれない。

 

 あっ、そうか! 僕の顔に、今朝の朝餉が付いているんだ!!

 浩宇さんに気づかれないよう視線だけで教えてくれるなんて、やっぱり優しいな。

 僕の大好物の薬草の粥だったから、調子に乗ってたくさんお替りをしてしまった。

 どこに米粒が付いているかわからないけど、口元を袖で拭っておこう。

 気遣いに感謝しないとね。


「おまえの、あのかんざしを貸してくれないか?」


「いいですよ」


 何をするんだろう?

 簪を手渡したら、いきなり僕の髪に挿した。


「い、痛いです……」


 髪じゃなくて、頭に刺さりましたよ?

 仔空さまが何をしたかったのか、さっぱりわからない。


「おまえ……どうして(姿が)変わらない? (髪に挿したら)変化するのだろう?」


「変わりませんよ」


「なに!?」


 驚いている仔空さまには、僕のほうがびっくりですよ。


「これは、ただの簪です。そんな力はありません」


「でも、この間は……」


「あれは、僕自身の力です」


 今はその気がないだけで、変化させたいと思ったら僕はいつでも姿を変えられる。

 盗賊を撃退したあと、弟や妹からせがまれて一日に何度も姿を変えて遊んでいたら、両親に三人揃って叱られてしまった。

 そんな簡単に見目が変化したら、半妖だって気付かれてしまうでしょう?って。

 それからは、一度も姿を変えていない。

 

「父さんや母さんと約束をしました。いざという時以外は、人前で(変化)しないと」


「だったら、今がその『いざという時』だ!」


「いやいや、絶対に違いますよ!」


 皇弟だろうと元主だろうと、ここは遠慮なく突っ込ませてもらう。

 

「では、僕はそろそろ失礼します」


「ん? どこへ行くんだ?」


「後宮へ戻ります」


 だって、最初に約束しましたよね?

 無事に解決したら、元の仕事に戻してくれると。


「おまえは、この俺を置いて出て行くというのか?」


「仔空さまには、他にも大勢の従者がいるじゃないですか」


 僕がここでできることは、もう何もありません。

 後宮の治安をしっかりと守ることだけです。


「短い間でしたが、大変お世話になりました」


「おい、ちょっと待て!!」


「待ちません」


 隣の私室は、今朝早起きをして掃除をしておいた。

 『立つ鳥跡を濁さず』と言うしね……あっ、僕の場合は『立つイタチ』かな。

 

 仔空さまへ揖礼ゆうれいすると、荷物を手に持つ。

 うん、忘れ物はないな。

 ここに居る間にすっかり朝方の生活に慣れてしまったから、当分は夜が眠いだろうな……あっ、大事なことを思い出した!


 借りていた紫の佩玉はいぎょく(帯飾り)を、仔空さまへ返すのをすっかり忘れていた。

 これは大切なもの。直接手渡ししようとしたけど、なぜか仔空さまが受け取ってくれない。


「……浩宇、鼬瓏ユーロンの年季期間中は、『俺の専属従者 兼 護衛』とする。すぐに、手続きを進めよ」


「かしこまりました」


 えっ!?

 びっくりしすぎて、大切な佩玉を落とすところだったよ。


「ちょっと、待ってください!」


「待たぬ」


「専属従者なんて、僕は聞いていません!!」


「当然だ。いま決めたことだからな」


「こんなの、権力者の横暴だ!!」


 あれ、同じ台詞を前にも言ったような……まあ、いいか。

 今はそんなことを気にしている場合ではない。


「フフッ、おまえに何を言われようと俺は皇弟だからな、何人なんびとたりとも逆らうことはできぬ」


 黒い笑みを浮かべる仔空さまを睨んだら、「フフン!」と鼻で笑われてしまった。

 ならばと、浩宇さんへ助けを求めたけど、無言で首を横に振られてしまう。

 こういう時に主の暴走を止めるのが、従者の大事な仕事ではないんですか?


「おまえは忘れているようだが、俺に言っただろう? 『(彼らを)許してもらえるなら、僕は何でもします!!!』と」


 はっ! た、たしかに言った。



 ◇



 皇帝が無事に元の姿に戻ったあと、玲玲さん姉弟は罪に問われることなく市井に戻された……狸さんも一緒に。

 本当なら、狸さんはこれからも国のために働く約束だったけど、目覚めた皇帝がその約束を破棄したのだ。

 魂が体に戻るときに、想定外の何かがあったみたい。僕は、詳細は聞かされていない。

 でも、狸さんの妖力が半分以下になっていたから、彼が相当な妖力を行使したことはわかった。

 その貢献に皇帝が報いたのだと、仔空さまが言っていた。


 妖力が弱まったから、寿命も大幅に短くなったらしい。人より、ちょっと長い程度まで。

 残りの人生ならぬ妖生を、狸さんは姉弟とともに生きていきたいと望みを伝え、玲玲さんは号泣しながら受け入れた。

 本当の家族になって、これからも二人で蠟燭を作っていくんだって。

 

「工房を再開したら、一番最初に鼬瓏くんの願掛け蠟燭を作るわ。『家族みんなが、幸せな気持ちになれる』蝋燭を」


 そう言って、玲玲さんは笑い、狸さんは「これからは、皆が幸せになれる願掛け蠟燭しか作らない」と約束をしてくれた。

 その蝋燭が出来上がる日を、僕は心待ちにしている。



 ◇



「……お~い、俺の話を聞いているのか?」


「聞いています。言ったことも、覚えています」


 思い出したのは、ついさっきだけどね。


「ただし、おまえが俺の求めに応じてあの姿になってくれるのであれば、専属従者の話はなかったことにしてやるぞ」


 たまに母さんの姿になったらって…そうか、そういうことだったんだ!

 つまり、僕を『心を動かされた女の人』に仕立て上げることで、面倒な見合い話から逃れるつもりなのだ。

 これは凄腕宦官の僕だから、仔空さまの狙いを的確に理解できただけ。

 他の人だったら、難しすぎましたよ?


「ぐぬぬ……」


 仔空さまは、なかなかの策士だ。


「もちろん、その都度特別給金もやるぞ。また家族に、たくさん仕送りをしてやれるな」


「……少し、考えさせてください」


「ああ。よい返事を期待している」


 『特別給金』につられてしまう自分が、情けないとは思う。

 でも、家族のためを思えば仕方ないよね。

 それだけ、『特別給金』という言葉は魅力的なのだ。



 結局、僕の結論が出るまではここに留まることになった。

 仔空さまは何だか嬉しそうだし、浩宇さんは「殿下の傍に鼬瓏くんがいてくれたほうが、私も安心です」と笑っている。

 それだけ信頼されているのは有り難いけど、僕はただの下っ端宦官ですよ?


「そういえば、おまえのその簪だが……」


「これが、どうかしましたか?」


「よく見るとかなり精巧にできているし、材質も良い。相当な時間と金を掛けて腕の良い職人に作らせた一品だと思う」


「へえ、そうなんですか」


 母さんの大事な形見と聞いているけど、詳しいことは何も知らない。


「おまえの実の父親は、どういう人物だ?」


「父さんのことは、まったく知りません」


 実の母さんの話は聞いているけど、実の父さんのことは何も聞かされていないのだ。


「簪の紋様は『牡丹』。牡丹といえば、の国の皇家の家紋と同じだが……」


 この国の皇家、つまり皇帝と仔空さまの家紋は『桔梗』だ。

 それと同じってこと?


「殿下がおっしゃる通り、私にも同じ意匠デザインに見えます。たしか、あちらの皇家の方々は皆、鼬瓏くんと同じ白い髪ですね」


「おまえ、まさか……いや、憶測で軽々しくものを言ってはいかんな。偶然の一致ということも、十分ある」


「そ、そうですね」


 ハッハッハと二人は笑い合っている。

 なんだかよくわからないけど、僕には関係のないことだから、まあいいか。

 

 大切な形見の簪を髪から引き抜くと、僕は手拭いに包みそっと懐にしまったのだった。





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