第21話 戦い終わって、夜が明けて……


 あんな堅そうな銅灯籠にぶつかったのに、妖狐はすぐに立ち上がった。

 少しは痛手を負っているみたいだけど、やっぱり簡単にはやられてくれないね。

 ここまま、間髪いれず連続攻撃を仕掛けるしか……ん?


 妖狐が体を分裂させて、一体から五体に増えていた。尻尾の数と同じだ。

 本体は茶色だったけど、今は黒や白、灰色やちょっと濃い茶色とか、見分けはつきやすい。

 妖狐たちの体は小さくなった。でも、数が増えたからかなり厄介。

 一体ずつ地道に倒していくしかないようだ。


 また尻尾を掴もうと手を伸ばしたら、ひらりと逃げられた。

 さっきよりも、動きが格段に速くなっている。

 追いかけていたら、その隙に別の個体が仔空さまを狙ってきた。

 もちろん、阻止させてもらったけどね。


⦅どうした? 我を捕まえることが、できぬのか?⦆


 元の大きさに戻った妖狐が、クックックと僕を嘲笑う。


「なるほど。素早さを優先させたってことか……」


 体が大きければ攻撃力は増すけど、その分、俊敏さは落ちる。

 僕が妖狐の攻撃をことごとくかわしてしまうから、逃げの一手に出たらしい。

 持久戦に持ち込み、僕の体力が消耗したところで一気に止めを刺すつもりなんだろう。 


 このままでは、いつまで経っても妖狐を捕まえることができないし、攻撃を当てることもできない。


「せっかく兄上の魂を取り戻したのに、こいつを退治できなければ意味がない。しかし、頼みのおまえが太刀打ちできないとなると……」


 仔空さまが肩を落としているけど、そんな顔をしないでください。

 せっかくの男前が、台無しですよ?


「ハハハ……こんな状況でも、おまえは相変わらずだな」


「まだ、諦めるのは早いです!」


「なにか、秘策があるのか?」


「やってみないとわかりませんが、おそらくは大丈夫だと」


 ずっと隠し持っていた奥の手を出すときが来た。


 僕は、懐から手拭いに包まれたかんざしを取り出す。

 これは、本当の母さんの形見の品。いつも持ち歩いている、僕の大切なお守りだ。

 髪に挿すと、気分が落ち着く。

 母さんに守られている気がする。

 

 では、久しぶりに本気を出しますか。


 スーッと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 よし、準備は完了!!


「お、おまえ……」


 仔空さまが驚いている。

 今まで黙っていて、ごめんなさい。この姿は、あまり人に見せたくなかったので。

 僕の姿を見ても、誰も鼬瓏ユーロンとは思わないだろう。

 だって、染めてもいないのに髪色が変わっているから。


⦅その金色こんじきの毛並み、まさか……鼬族の末裔なのか?⦆

 

 今の僕は、見た目が変わっている。

 白髪は金色に。瞳の色は、濃い灰色からこげ茶色になっているのだ。

 まあ、夜目のきかない仔空さまには、瞳の色の変化までは見えていないだろうけどね。

 ところで、『イタチゾク』ってなんだろう? 初めて聞いたぞ。


⦅まあよい。貴様がどれだけ変化へんげしようとも、鼬は狐には絶対に勝てぬのだからな⦆


「それは、どうかな?」


 この妖狐の言う通り、狐は鼬の天敵だ。どうしたって捕食される側になる。

 でもね……僕は鼬ではなく『半妖の鼬瓏ユーロン』だから!


 地面を蹴って勢いよく妖狐へ飛び掛かるが、やっぱりまた分裂して逃げられてしまう。

 それでも諦めず、何度も何度も同じことを繰り返す。


⦅クックック……いくらやっても同じこ───なに!?⦆


 今ごろ、自分の尻尾が四本になっていることに気が付いても、もう遅い!! なんてね。

 僕が握りしめているのは、黒い尻尾。

 逆さ吊りになった黒い妖狐が、ジタバタと暴れている。

 フフッ、僕の狙いは最初からこの子だけだったのさ。

 あっ、そうやって腕に噛みついたり、引っ搔いて逃げようとしても無駄だよ。

 別に、痛くも痒くも……あっ、ちょっと、くすぐったいかも。


「これ以上、君に悪さをされるのは困るんだ。だから、ごめんね」


 ほとんどのあやかしは、何も悪さをしない。

 この後宮にも、そんなあやかしたちが多く住み着いている。

 

 人が綺麗に手入れをしている花を、ただ愛でているあやかし。

 酒を飲んで、陽気に歌い踊っているあやかし。

 人の食べ物をちょっぴりつまみ食いするあやかしもいるけど、それは人が気づいていないから見逃してあげている。

 庭園を荒らしたり物を壊すあやかしには、見回りのときにきっちりお説教をしておいたから、後宮内は至って平和なのだ。


「そいつを、どうするんだ?」


「可哀想ですが、こうします」


 尻尾を持って、遠慮なくブンブン振り回す。

 うん、なかなか丈夫だな。

 さらに高速でぐるぐる回していると、ブチッと音がして尻尾が切れた。

 ギャーという叫び声とともに、黒い妖狐が煙のように消える。

 他の妖狐も同時にいなくなった……一匹だけを残して。

 

「おい……まさか、コレがさっきの妖狐の正体なのか?」


「そうですよ」


 僕たちに囲まれてガタガタと震えているのは、薄汚れた白い妖狐。

 体が小さいから、まだ子ぎつねのようだ。


「怖がらなくても大丈夫だよ? 僕は、もう何もしないから」


「こいつを退治しなくてもいいのか? また同じように暴れられたら……」


「心配ないです。もしそうなったとしても、何百年後ですからね」


 この白い妖狐は、長い長い間ここに住み続けていたのだろう。

 その間に、後宮に渦巻く欲望・憎しみ・恨み・妬みなどの負の感情を少しづつ取り込んでしまい、あんな姿になってしまった。

 だから、僕はその元凶である黒い妖狐だけを退治したのだ。

 この子は、黒い妖狐にただ操られていただけ。


「仔空さま、見てください。徐々に浄化されていますよ」


 子ぎつねの薄汚れていた体が、次第に白く光り輝いてきた。

 これは、負の感情が抜けてきた証拠。うん、もう大丈夫。


「仲間のところに、早くお帰り」


 そう言ったら、白い妖狐は嬉しそうに駆けていき姿を消した。


「夜明けですね」


 空が明るくなってきたね。

 自分で言うのもなんだけど、今夜は本当によく働いた。

 もうすっかり朝方の生活に慣れてしまったから、夜通し起きているのがかなり辛い。

 ふわぁ……

 う~んと伸びをすると、大欠伸が出てくる。

 部屋に戻って、早く寝たい。


「では、僕たちも帰りましょう」


 まだ今なら、浩宇さんに抜け出したことを知られる前に部屋に戻れるかも。

 

 声をかけたのに、仔空さまは僕の顔を見つめたまま動かない。

 うん? 顔に昨日の夕餉でも付いていますか?

 

「おまえ……本当は、女なのか?」


「へっ?」


 近くにあった池の水面で自分の顔を確認すると、そこには女の人が映っていた。


「ああ、これは僕の本当の母さんの姿ですね」


「実の母親?」


「はい。以前、父さんと母さんが教えてくれました」


 僕が初めてこの姿になったのは、数年前。

 家族で山菜採りに行ったときに、僕たちは運悪く残党狩りから逃れてきた盗賊と遭遇してしまった。

 皆を守るために父さんと必死に戦っていたら、この姿になっていたのだ。

 盗賊を撃退したあと、両親は僕に話をしてくれた。この髪色と瞳の色は、実の母さんと同じなのだと。

 あの頃はまだ子供だったから、僕は女の子みたいだと言われた。

 成人した今は、より母さんに近い姿なんだろうな。


「そっか、母さんはこんな美人さんだったんだ……」


 僕が物心つく前に亡くなってしまったから、母の記憶はまったくない。

 池に向かって微笑んだら、母さんも笑い返してくれた。

 やっぱり美人さんは、何をしても美人さんだね。あれ? 急に目の前がぼやけてきたぞ。

 これでは、母さんの顔がよく見えな……


鼬瓏ユーロン……」


 気付いたら、仔空さまに抱きしめられていた。

 父さんのように力強くて、母さんのように温かい腕の中で、僕は声を上げて泣いたのだった。


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