第20話 主へ、説教をしてみた
「一緒に行くって……そんなの、もちろん駄目に決まっているじゃないですか」
これまでと違い、相手は妖狐だ。
後宮に住み着いている無害なあやかしたちとは、わけが違う。
今までは「仕方ないですね」と同行を許していた僕だけど、今回は絶対に無理です。
「おまえは、主の命令に逆らうと言うのだな?」
「当たり前です!」
前にも言いましたけど、仔空さまに何かあったらどうするんですか?
浩宇さんのお説教だけでは済みませんよ。
「兄上が捕らわれているのだぞ。じっとしていられるわけがないだろう!」
「それでも、じっとしていてください」
それが、今の仔空さまに課せられた大事なお役目です。
そして、ここから先は僕の役目です。
だから、邪魔しないでください。
「おまえの言う通り、俺は足手まといだ。でも、俺が身代わりになることで、兄上の魂を返してもらえるかもしれないだろう?」
「仔空さまは、何を言っているんですか!」
思わずカッとなった。
「たとえ皇帝だろうと皇弟だろうと、その人の代わりになれる人なんて、どこにもいませんよ!!」
自分でもびっくりするくらい、大きな声が出た。
「本人の代わりになれるのは、その本人だけです! 代わりはいません!! 仔空さまは、もっと自分を大切にしてください!!!」
「俺たち皇族が真っ先に考えなければならないのは、この国と民のことだ。皇帝は国と民を守る。俺はその皇帝を守る。兄上も、きっと同じお考えだと思う」
いくら影武者だからって、 代わりに命を差し出すという考えはおかしい。
皇帝がそれを望んでいるとは、僕は思えない。思いたくない。
僕たちの話し声が外に漏れ聞こえたようで、護衛官から声がかかる。
仔空さまが「何も問題はない」と返し、事なきを得た。
「鼬瓏くん、一旦落ち着こう。とりあえず、今夜のところは中止にしたほうが……」
「いいえ、行きます。仔空さまも連れて」
「……えっ?」
これは、僕が勝手に決めたことだ。
何かあれば、僕が責任を取る。
「おまえに責任を取らせるわけがないだろう? 『(俺が)権威を盾に、同行を強制した』と一筆書き残しておく」
「それは、なりません!」
今度は、狸さんの声が大きくなった。
◇◇◇
僕たちがやって来たのは、宮殿に隣接した『後宮があった場所』。
前皇帝が妃嬪の数を半分に減らしたときに閉鎖された所だ。
今は誰も住んでいないから、灯籠などの灯りは全くない。
「灯りがまったくありませんが、仔空さまは周りが見えているのですか?」
「今夜は月明かりがあるから、問題はない」
『問題はない』か。
いやいや、問題は大有りだけどね……
一緒に行くと言った仔空さまと、連れていくと言った僕を、狸さんは必死に説得した。
しかし、僕たちが頑として聞き入れなかった。
呪物を捜索していたときも思ったけど、我が主さまは相当な頑固者だよね。
そういう僕もだけどさ……
主とその従者の暴走を止めてくれる浩宇さんがいないから、狸さんが困り果てていた。
それだけは、本当に申し訳なかったと思っている。
申し訳ついでに、案内ついでに、狸さんには仔空さまを一緒に運んでもらった。
僕たちと違い、仔空さまに『窓からの出入り』や『封鎖されている門を飛び越える』なんてことは無理だから。
もちろん、浩宇さんには書付を残しておいた。
間違っても狸さんにお咎めが及ばないよう、内容はしっかり確認済み。
◇
放置されてから年数が経ち、宮だった建物は朽ち果てている。
そんな荒廃した風景のなかに、妖狐は佇んでいた。
普通は一本しかないはずの尻尾が、色違いで五本もある。
周囲に、他のあやかしの気配は全くない。
皆が彼を恐れて、姿を隠しているのだろう。
⦅ほう……珍しいこともあるものだ。このような場所に客人とは⦆
「あなたにお願いがあって、ここに来ました。捕まえている魂を返してください」
「おい……ここは、もっと慎重に交渉する場面ではないのか?」
そうかもしれませんが、駆け引きなんて僕には無理です。
それに、返答は『返す』か『返さない』かの二択しか存在しないのだから。
「ハハハ……急に不安になってきたぞ」
仔空さまは苦笑している。でも、大丈夫です。
きっと、なんとかなります!
⦅魂を貴様に返したとして、
魂を持っていることを、否定しなかった。
やっぱり、この妖狐が持っていたようだ。
「そんなものは、ありません。だいたい、その魂はあなたの物ではありませんし」
元の持ち主に返してください、ともう一度お願いをしてみたけど、鼻で笑われてしまった。
⦅『人』とは、実に愚かな生き物よ。その愚かな者どもから、我は強大な力を得た。そして今、時は満ちようとしている⦆
妖狐が取り出したのは、ぼんやりとした光を放つ球体。
それは徐々に人型へと変化していき、若い男性の妖狐が現れた。
青白く光っているから、仔空さまでもその姿が見えるはず。
顔は仔空さまにそっくりだけど、雰囲気はまるで違う。
天上人たる風格と威厳。
紛れもなく『皇帝陛下』その人だった。
「兄上!」
⦅……仔空⦆
「妖狐よ、俺の魂をおまえに捧げる! だから、兄上を即刻解放───」
⦅私にもしものことがあれば、おまえが紫釉としてこの国を守れ⦆
「この国の皇帝は、兄上をおいて他におりません! ですから、私が身代わりに!」
⦅それは、断じて許さぬ⦆
「し、しかし……」
⦅この国を任せられるのは、おまえしかおら……⦆
皇帝の姿が、ふっと消えた。
球体に戻り、妖狐の手の内にある。
⦅この者は、我の
妖狐が魂を持っていたのは、食べるためじゃなく自分の眷属を作るためだった。
もしかしたら、魂へ少しずつ妖気を流していたのかもしれない。
だから、皇帝も仔空さまも妖狐の姿になっていた。
皇帝が青白く光っていたのは、あやかしに近い存在になっていたからだとしたら……
一刻も早く、妖狐から魂を取り返さなければ。
「そんなことは、俺がさせん!!」
⦅クックック……
「そんなこと、やってみなければわからないよね?」
⦅貴様は、他の者とは少し毛色が違うようだな。しかし、我の敵ではない⦆
「僕が敵じゃなくても、彼ならどうかな?」
僕たちと妖狐の間を、一瞬風が吹き抜けた。
本当に素早くて目で追うのが大変だけど、皇帝の魂を保護したことだけは確認できた。
この妖狐は僕がなんとかしますので、そちらはお任せしますね……狸さん。
「というわけで、魂は返してもらいました」
「では、兄上は……」
「狸さんが、皇帝の体のもとへ向かっています。あの速さだと、もう着いているかもしれませんね」
妖狸の底力、恐るべし!
魂が体に戻りさえすれば、もう心配はない。
あとは目覚めるのを待つだけだ。
⦅あれは、妖狸か。
妖狐が怒りで震えている。本気で怒っているみたいだね。
でも、僕たちが愚かな弱者だと油断をしたあなたが一番悪いんですよ?
妖狐に察知されないぎりぎりの場所で、狸さんには隠れて待機してもらっていた。
機会があれば、いつでも魂を取り返せるように。
「危ないので、仔空さまは僕の後ろに下がってくだ──よっと!」
言っている傍から、妖狐の攻撃がきた。
慌てて仔空さまを抱きかかえ、後ろに飛んで逃げる。
あんな鋭い爪で引っかかれたら、下手をすれば真っ二つにされてしまう。
それだけは、勘弁してください。
⦅忌々しい!⦆
今度は、尻尾との二重攻撃だ。
爪を避けたと思ったら、尻尾をブン回してくる。
五本もあるから、なかなか強力な武器だね。
「おい、大丈夫か?」
「はい、なんとか。それより、仔空さまにも皇帝の言葉は聞こえていましたよね?」
「あ、ああ……」
「皇帝も、仔空さまが自分の身代わりで魂を差し出すことを望んではいませんでした」
もし、仔空さまへ自分の魂を代わりに差し出せと命令していたら、僕は皇帝を助けるつもりはなかった。
僕にとって大事な主は、仔空さまだからね。
仔空さまのお兄さんだから、そんなことを言う人ではないと信じていたけど。
「……俺の考えが間違っていることを気付かせるために、おまえはここに連れてきたのか?」
「そういうことです! ですから───」
おっと、危ない。
尻尾が頭上スレスレを横切っていった。
髪の毛一本くらいは切られたかも。
「今後、自分自身を大切にしない言動をしたら……」
次は、五連続攻撃。
尻尾が、様々な角度で襲いかかってくる。
でもね……珍しく僕が真面目な話をしているんだから、邪魔をするな!
拳と蹴りで、全てを一蹴した。
「浩宇さんに代わり、僕が大説教しますからね! 以上!!」
ふう、ようやく言いたいことが全部言えた。
仔空さまが「説教なら、すでに寝所でされたと思うが……」と呟いているけど、きっと気のせいです!
さて、避けてばかりいても仕方ない。
『攻撃は最大の防御』とも言うし、こちらも反撃開始といきますか。
迫ってきた二本の尻尾を、両手で同時に掴む。
そのまま勢いをつけて妖狐を放り投げたら、ガシャン!と大きな音がした。
「仔空さま、銅灯籠を(僕じゃなくて妖狐が)壊してしまいました! 申し訳ありません!!」
石灯籠よりかなり高いと聞いている。
弁償しろと言われたら、僕の給金でできるだろうか?
「そんなことは気にせず、おまえは思いっきりやれ!!」
「ありがとうございます」
どうやら弁償はしなくてもいいみたい。
良かった!
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