第19話 平穏な日常って良いよね、という話
「お願いします! 僕も道術を使えるようになりたいので、ぜひ教えてください!!」
ここ数日、僕は鍛練場に通っていた。
狸さんだけに働かせて、僕だけが遊んでいるわけにはいかない。仔空さまから許可ももらっている。
妖狐が見つかるまでの間に、体を鍛え直そうと頑張っているのだ。
できれば回避したいが、今後もし妖狐と戦闘になった場合に備えて準備は万全にしておきたいからね。
「断る」
雲慶さんは、僕に対していつも素っ気ない。
でも、そんなことで諦める僕ではないのだ。
「僕も、雲慶さんみたいに格好よく『気』を放出してみたいんです!」
「おまえは、今のままで十分だ。必要ない」
「でも、道術では勝てなかったし……」
雲竜さんの提案で、僕は雲慶さんと模擬戦を二回行った。
道術使用なしの一回目は、僕の勝利。しかし、道術使用ありの二回目は負けてしまったのだ。
雲慶さんから放たれた気は、真っすぐ僕に向かって飛んできた。
もちろん、目には見えない。周囲の景色の歪みで、かろうじて認識できたくらい。
あの衝撃は、たとえるなら風の塊を体全体に受けたような感じ。
気持ち良いくらい、遠くまで吹っ飛ばされた。
「だいたい、なんで俺がおまえに教えなければならないんだ? そんなことをしたら……」
俺の数少ない優位性が失われるだろう……と、小さなつぶやきが聞こえた。
「雲竜さんに相談したら『道術ならば、雲慶に指導を仰げばよいのじゃ!』と言っていましたよ?」
「……おまえ、老師様の口真似が上手いな」
「昔から得意なんです! 雲竜さん以外もできますよ。たとえば……『おい、俺の話を聞いているのか?』とか」
「アハハ、似ている。でも、俺なら恐れ多くて絶対に人前ではできないぞ。おまえは、やっぱり変わった…や…つ」
雲慶さんが、僕の後ろに視線を送ったまま固まった。
どうかしたんですか?
「……楽しそうだな」
「わあっ!」
音もなくぬうっと現れたのは、仔空さまだった。
「おまえたちは、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「いつの間にって、この間からだと思いますが?」
玲玲さんたちの救出作戦以降、雲慶さんは多少僕の実力を認めてくれたっぽい。
絶対に口に出してはくれないけどね。
「こ、皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しく、恐悦至極に存じます!」
「鍛練中は、堅苦しい挨拶は不要だ」
雲慶さんへ軽くうなずいた仔空さまが、僕をジトッと見ている。
ええ、わかっていますよ。仔空さまが何を言いたいのか。
これが、皇帝に対する普通の反応なんですよね?
僕へ、「おまえは、もっと主を敬え!」と言いたいのだろう。
わかりましたよ。主の望みに応えることも、従者の務め。
では、僕もたまには従者らしいところをお見せしましょう!
「仔空さまにおかれましては、大変ご機嫌麗しく───」
「……今は、全然麗しくないぞ」
えっ? 僕にだけ、反応が冷たすぎじゃない?
望み通りにしたのに、なんで?
雲慶さん以上に、素っ気ないんですけど?
プイッと鍛練場を出て行ってしまった主の後ろ姿を、雲慶さんはガチガチに緊張しながら、僕は首をかしげながら見送ったのだった。
◇◇◇
鍛練を終えた僕が次に向かったのは、とある部屋。
声をかけると、すぐに扉が開いた。
「
「こんにちは、玲玲さん。これ、よかったらみんなで食べてください」
そう、ここは玲玲さん姉弟が滞在している部屋だ。
僕は、たまにお菓子の差し入れに来ていた。
「いつも、ありがとう。さあ、入って」
「お邪魔します」
部屋の中には、
その内の一台に、狸さんと暁東くんが大の字でお昼寝をしていた。
暁東くんは尻尾を枕にしていて、とても気持ち良さそうだね。
「ふふふ、さっきまで尻尾で遊んでいたけど、一緒に寝てしまったのね」
穏やかな顔で眠る二人を起こさないよう、僕たちはひそひそ話をする。
窓からの日差しがまぶしくないように
「狸さん、日の入りとともに出かけて、日の出になったら帰ってくるのよ。頑張りすぎて、体を壊さないか心配なの」
「あやかしは、どちらかといえば夜のほうが活動しやすいんです。だから、心配ありませんよ」
狸さんと玲玲さんには、僕が半妖であるとすでに明かしている。
玲玲さんは驚いていたけど、狸さんは最初から気付いていたみたい。
「妖狐が、一日も早く見つかるといいのだけれど。そしたら、彼を解放してあげられるから……」
「解放?」
「狸さんは、今まで様々な国を巡る旅をしていたそうなの。その旅の途中で、私たちの騒動に巻き込んでしまった。だから、申し訳なくて……」
狸さんは、元々生まれながらの白い狸だった。いわゆる、変異種というものらしい。
それが、ある日あやかしに
長いときを生きているから、気の向くままにその時々で場所を移動しながら見聞を広めていたそうだ。
何百年と生きていても、ずっと同じ場所に留まるあやかしがほとんどなのに、狸さんや母さんは違った。
もしかしたら、僕の母さんも何か目的があって旅をしていたのかもしれない。
「私たちが彼の足かせになっているのは、わかっているの。それを解いて、早く自由にしてあげたいわ」
一応、玲玲さん姉弟は、妖狐が見つかるまでの間の人質という立場になっている。
でも、前みたいに監禁されているわけではなく、こうやって面会もできるし、決められた範囲内であれば自由行動も許されている。
玲玲さんは迷惑をかけていると思っているようだけど、本当にそうなのかな?
狸さんがこの姉弟を家族のように大切に思っていることは、僕でもわかる。
でなければ、ずっと一緒には居ないはずだから。
◇
「鼬瓏くん、妖狐の居場所をついに見つけたよ!」
珍しくやや興奮気味の狸さんから報告があったのは、その日の夜半過ぎのこと。
朝になるのを待ちきれず、彼は窓からやって来た。
いつもは寝起きの悪い僕だけど、強力な妖気には自然と体が反応し目が覚めた。
これは、僕の中に眠るあやかしの本能的なものなのだろうか。
「やりましたね! では、さっそく向かいます!!」
「えっ、今から行くのかい?」
「また場所を移動されたら面倒ですし、早く決着をつけたいので」
狸さんが頑張って探し出してくれたのだから、僕も頑張ります。
寝間着を脱ぎ捨て、手早く着替える。
こんな夜に扉から出入りはできないから、僕もこっそり窓から……
「……俺も一緒に行くぞ」
中扉から入ってきたのは、仔空さまだった。
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