第18話 【閑話】鼬瓏と、愉快(?)な道士たち


 リーという強力な仲間を得た鼬瓏たちは、解決に向けてまた一歩進んだ。

 

 彼が妖狐を探している間に、己を鍛え直そうと鼬瓏は思い立つ。

 幸いにして妖狸との戦闘は避けられたが、妖狐ではどうなるかわからない。

 『備えあれば憂いなし』という言葉があるように、何事も準備万端にしておけば安心なのだから。



 ◇◇◇



 この日、鼬瓏は鍛練場を訪れていた。

 先日の救出作戦時に雲慶が行使した道術を、雲竜から教授してもらうためだ。

 主である仔空の許可は取った。あとは雲竜本人へお願いするのみ。

 

 鍛練場では数名の道士たちが体術の訓練をしているが、その中に雲竜や雲慶の姿はない。

 時間もしくは日を改めようと、すぐにきびすを返す。

 そんな鼬瓏の前に立ちふさがったのは、一人の道士だった。


「おまえは一体どのような用件で、ここに来た?」


「雲竜さんに道術を教わろうかと。でも、今はいないようなので、また今度にします」


 鼬瓏は隠す事なく、素直に目的を伝える。

 しかし、それが不味かった。ここでの返答は「皇帝陛下のお使いです」が正解。

 ただでさえ鼬瓏を快く思っていない道士たちの神経を、見事に逆なでしてしまった。


「宦官風情が、道術だと! 寝言は、寝てから言え!!」


「僕は起きていますよ? たまに、居眠りしちゃうときもありますが……」


 鼬瓏に、相手を煽る意図はまったくない。

 言われたことに対して、至極真面目に返しているだけ。

 裏も表もない。腹に一物いちもつなど、当然ない。それが、鼬瓏という男。

 

 しかし、結果はこうなった。



 ◇



「本当に、いいんですか? 僕が、道士さんたちの模擬戦の相手をやらせてもらっても?」


「ああ、構わない。我々も、たまには違う相手と対戦をしたいからな」


 これも道術の基礎訓練の一つだと言われたら、鼬瓏に断る理由などない。

 もし、鼬瓏が多少怪我を負ったとしても、道士たちは訓練時の負傷だと言い張れる。

 完璧な作戦だった。


「まずは、おまえが相手をしてやれ」


「かしこまりました」


 ここに居る道士の中では、一番の下っ端。

 いきなり真打しんうちの相手をさせるのは可哀想だ、というわけではもちろんない。

 自分たちがわざわざ相手をするまでもない、ということ。


 二人は鍛練場の中央で向き合う。

 一礼し、模擬戦が始まった。


 試合の形式は単純明快。武器を使わず、己の体での攻撃のみ。道術も禁止。

 相手が降参、もしくは気を失った時点で試合は終了となる。


「オリャアー!!」


 道士は大きな声を吐き出した。

 これは、気を吐くことで高ぶる感情を抑え、冷静になる。自身に気合を入れる。相手を威嚇するなどの効果がある。

 鼬瓏がビクッとわかりやすく驚き、周囲からは失笑の声が漏れた。

 道士は油断することなく相手の反応を窺うが、鼬瓏は身構えるわけでもなく、その場に突っ立っている。


(隙あり!)


 官服の襟を掴もうと、手を伸ばした。


 道士が気付いたときには、すでに鼬瓏に組み伏せられた後だった。

 襟を掴もうと手を伸ばしたはずなのに、いつの間にこんなことに。

 急いで拘束から逃れようとするが、ビクともしない。


「おい、早く拘束を解いて反撃しろ!」


「おまえ、いつまで遊んでいるんだ!!」


 兄弟子たちから声が飛ぶ。

 

(私は、遊んでなどいない。拘束を解こうと必死に頑張っている。でも、どうやったって解けないんだ!!)


 試合はそのまま、鼬瓏の勝ちとなる。

 どうにか拘束を解こうと足搔いた道士は、ついに力尽き降参したのだった。


「次は、誰が相手ですか?」


 対戦相手の道士は精根尽き果て、仲間たちによって運ばれていった。にもかかわらず、鼬瓏に疲れなど微塵も見えない。

 それが、道士たちの誇りを傷付ける。


「俺だ」


 前に出たのは、序列七位の道士。

 弟弟子の敵を討つつもりだった。


「あいつは手加減をしたようだが、俺は最初から本気で行かせてもらう。もう、おまえに負けるわけにはいかないからな」


「僕に手加減はいりませんよ。じゃないと、訓練になりませんからね」


「では、遠慮なく行くぞ!」


 道士は初手から大きく足を振り上げ、いきなりかかと落としを繰り出した。

 彼の得意は足技だ。

 たとえ鼬瓏が踵落としから逃れられたとしても、すぐに足払いが。その後は回転蹴りも控えている。

 さすがにこれは、勝負があっただろう。誰もがそう思った。


「「「「「えええええ~!」」」」」


 場内に、どよめきが起こる。

 予想に反して、鼬瓏は踵落としを避けることなく真正面から受け止めた。

 勢いをつけて振り下ろされる力任せの足技を、クロスに重ねた腕だけで実にあっさりと。

 そして、そのまま前に押し返した。

 体勢を崩した道士に、成す術はない。

 かくして、二戦目も鼬瓏の勝利となった。


「おまえたちは、実に不甲斐ない! このままでは、老師様へ会わす顔がないぞ!!」


 立ち上がったのは、序列二位の道士。ついに、真打の登場だ。

 彼は、雲慶の下に続く者。この場に居る者の中では、一番の実力者である。


「では、これが最後の試合ですね。僕はそろそろ戻らないと、次の仕事があるので……」


 日が沈み始めている。

 これから鼬瓏には、『仔空と一緒に夕餉を取る』という大事なお役目が待っているのだ。


「安心しろ。私がすぐに決着をつけてやる」


 試合開始と同時に道士が繰り出したのは、掌底打ち。

 掌の手首に近い部分で相手のあご先を叩き、対象者へ重い衝撃を与える技だ。

 そこに、念には念を入れて膝蹴りまで合わせてきた。

 初見で、この二つの合わせ技を回避できた者は、これまで雲竜と雲慶のみ。

 それ以外の者は、すべて意識を刈り取られてきた彼の必殺技。


 今度こそ、決まった───はずだった。


「「「「「…………」」」」」


 鼬瓏は、掌底打ちは拳で、膝蹴りには膝蹴りで対抗した。


「……この勝負は、引き分けじゃ!!」


 鍛練場に入ってきた雲竜の一声で、模擬戦は終了したのだった。

 

 三戦行い、鼬瓏の二勝一分けという結果。

 鼬瓏は「楽しかったです! また再戦をお願いします!!」と元気に帰っていった。 



 ◇



 言葉なく項垂れる弟子たちを前に、雲竜が口を開いた。


「実際に対戦したおぬしに問う。あやつは、どうじゃった?」


「我々は、完敗でございます。あのまま試合が続いていたら、私の負けでした」


「うむ。相手の強さを認め、己の弱さを知ることで、人はまた成長できるのじゃ」


 雲竜は、満足気にうなずく。

 弟子たちがようやく鼬瓏の強さに気付き、認めたことは、大きな収穫だ。


「老師様、いつか私たちは彼に追いつくことができるのでしょうか?」


「あやつは、ちと特殊じゃからな……でも、高い目標を持つのは良いことじゃぞ」


 『ちと特殊』

 師の何気ない言葉で、弟子たちは気付く。

 皇帝陛下寵愛の宦官とは、周囲の目を欺くための仮の姿。

 実は、皇帝陛下の身辺を守る筆頭護衛官だったのだと。

 

 雲竜は、常日頃からこう言っていた。「見た目に騙されず、相手の本質を見抜け」と。


(((((あれが、『凄腕宦官』の実力……)))))


 役に成りきってもいない素の自分が、この日以降、道士たちから陰でそう呼ばれていることなど知る由もない鼬瓏だった。

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