第3話 これも、下っ端従者の仕事なの?


 宮殿の最奥にある皇帝陛下の私室の隣に、僕専用の部屋が用意された。

 なんと、私室の続き部屋だ。一応、従者用の部屋らしい。

 これまで与えられていたあの小部屋がいくつ入るだろうか。とにかく、めちゃくちゃ広い立派な部屋だ。

 初めて寝台ベッドで寝ることになるけど、僕は弟と違って寝相は悪くないから落ちることはないと思う。たぶんね。

 せっかく広い部屋をもらったのに、行李こうり(蓋付きの籠)に入れてある私物は着替えと数冊の書物のみ。他には何もないから、棚はがらんとしている。

 

 まあ、ここに住むのは一時的だし、荷物が増えたら引っ越しが大変だから、物は増やさないつもり。


 ところで、一つ気になっているのは、僕以外の従者の部屋が近くにないこと。

 当たり前だけど、皇帝である仔空さまには多くの従者が仕えている。

 先日、仔空さまに随行してきた浩宇ハオユーさんは筆頭補佐官。

 彼は妻子持ちだから、毎日都にある屋敷から出仕してくるのは理解できる。

 でも、身の回りのお世話をする侍女とかは、近くにいないと駄目なのでは?


 そんな素朴な疑問を、たまたま近くにいた浩宇さんに聞いてみた。


「仔空様は、ご幼少の頃からそうだったのだよ。他人を傍に置くことを、ひどく嫌がられる」


「だったら、僕も一緒だと思うのですが……」


 僕も、他人ですよ?


「君は特別だ。きっと、琴線きんせんに触れたのだろうな」


 『琴線に触れる』って、たしか共鳴や共感したという意味だったっけ?

 家で書物を読んでいたときに、物語の中に出てきた言葉。意味がわからなくて尋ねたら、姉さんが教えてくれた。

 

 浩宇さんは良い感じに表現してくれたけど、おそらく、僕が半妖であることに興味を持っただけだと思う。

 今の仔空さまも、ある意味半妖のようなものだし。

 

 それとも、『物珍しい玩具を手に入れたぞ!』という優越感かも。

 僕ならすぐに他人に自慢してしまうから、その気持ちがわからなくもないけど。

 でもまあ、こんな怪しげな人物を身の回りに置くなんて、仔空さまが相当な変わり者であることは間違いない。

 自分で自分のことを『怪しげな人物』と言ってしまう僕も、どうかと思うけどね。



 ◇◇◇



 従者になった日の夕刻、さっそく観察を始めた。

 日が沈む前に、仔空さまは寝台へ横になる。そうしなければ、いきなりその場に倒れ込むことになるからだ。



 ◇



 彼に異変が起きたのは、即位して数日後のことだった。

 そのとき仔空さまは、私室で一人で休んでいた。

 夕餉の時間となり、浩宇さんが部屋を訪れる。しかし、返事がない。

 中へ入ったところ仔空さまが倒れていて、慌てて医官が呼ばれた。


「『異常はない』と?」 


「はい。ただ、ぐっすり眠っておられるだけです」


 浩宇さんは病気や毒を疑ったが、その痕跡は一切見られない。

 医官の言葉通り、翌朝、仔空さまは無事に目を覚ました。

 それから語られたのは、自分の体から魂だけが抜け出て妖狐となり、宮廷内を彷徨さまよっていたという驚きの話。

 最初は宰相様も浩宇さんも、夢の中の話だと思っていた。

 しかし、道士の雲竜ウンリュウさんによって、魂が抜け出ていることが証明される。

 夜、就寝中の彼のもとに仔空さまが会いに行き、言葉を交わしたのだ。

 その後、妖狐になってしまった原因を探ろうと、仔空さまが夜な夜な宮殿内を歩き回っているときに、後宮で僕と出会ったのだった。



 ◇



 日が沈んだ直後、仔空さまの体から耳と尻尾が生え、妖狐が起き上がった。


「なるほど、こんな風にあやかしとなるのですね。ちょっと、体を触ってもいいですか?」


⦅構わぬ⦆


 僕は、まず寝台で眠っている本体(?)に触れてみる。

 体は温かく、呼吸もしている。

 本当に、ただ眠っているだけのようだ。

 次に、妖狐の仔空さまへ手を伸ばしたが、触れることはできなかった。


「仔空さまが、僕に触れることはできるのですか?」


⦅いや、できない⦆


 いろんな人で試してみたと仔空さまが言った通り、手は僕の体をあっさりすり抜けた。

 その後は、念のため部屋の中を確認することにした。

 怪しげな妖気を放出している物があれば、僕にはすぐに感知できる。

 うん、やっぱりこの部屋には何もない。


⦅雲竜も、同じことを言っていた。おそらく、宮殿内のどこかに呪物が置かれているはずだと⦆


 呪物は、標的の身近に置いておくほうがより効果を発揮するものらしい。

 仔空さまがこんな姿になっていることからも、それは間違いないようだ。


 ちなみに、道士の雲竜さんはおじいちゃんだそう。

 老体にムチ打って、あちこち探してくれているとのこと。

 皇帝の一大事に、「わしも弟子も不甲斐ない」と嘆いているんだって。

 

「では、明日から僕も宮殿内の捜索を始めます。何かありましたら、すぐに報告しますので」


 おじいちゃんが頑張っているのだから、僕も負けていられない。


⦅ああ、よろしく頼む⦆


 よし、これで今日の僕の仕事は終わり!……ではない。

 しばらくして、大量の書類を抱えた浩宇さんがやって来た。


鼬瓏ユーロン君のおかげで、溜まっていた仕事が捗ります」


 これまでは日没までだった皇帝の執務が、僕を介して日没後もできるようになったと喜ばれている。

 浩宇さんは、執務机に書類を並べ始めた。それを、仔空さまが順番に目を通していく。

 仔空さまは書類に触れることはできないから、確認したものから僕が片付けていく。


報告書は、どこにあるんだ?⦆


「例の報告書は、どこにありますか?」


「こちらで、ございます」


⦅ふむ、予算が少し足りないようだな。を削減しこちらへ回すように、宰相を通して戸部へ申し伝えよ⦆


「予算が足りないようなので、アレから削減して回すように。宰相様を通して戸部へ伝えてください」


「かしこまりました」


 『例の』とか『アレ』だけで、仔空さまが何を指しているのか理解できる浩宇さんはすごい!

 さすが筆頭補佐官だと感心してしまう。

 ただ、ものすごく気になる事が。

 二人はどんどん話を進めていて、邪魔をするのは気が引けるけど、大事なことだから。

 

「あの……確認したいことがあるんですけど、ちょっといいですか?」


⦅なんだ?⦆


「これって、国の重要機密とかもあるんじゃないですか? それを、僕が知るのは駄目だと思うんですけど……」


 なんかごく自然に僕も関係者の一人みたいになっているけど、絶対におかしいよね?

 下っ端には、下っ端に相応しい仕事があるはずでは?


⦅知られたところで、別に構わぬ。おまえは悪用などしないしな。それに、おまえは下っ端などではないぞ⦆


「えっ、そうなんですか?」


⦅おまえがどうしても自分を下っ端だと言い張るのなら、それに相応しい給金になるがいいのか?⦆


「それは困ります!」


 給金の引き下げは、断固反対!!


⦅では、今後もその給金に相応しい働きを期待している⦆


「わかりました」


 給金には、様々な口止め料も入っているということですね。理解しました。

 浩宇さんへも会話の内容を報告しておく。彼には仔空さまの声は聞こえないからね。

 話したら「仔空様らしいですね」と笑っていた。


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