第2話 成り行きで従者になりました


 へえ、宰相様ではなく皇帝…………ん?


「今、何て言いました? 僕には『皇帝』と聞こえたのですが」


 いやいや、いくら何でも冗談が過ぎるでしょう。

 皇帝の名をかたるなんて、仔空シアさんはなんて大胆不敵なことを。


「俺の本当の名は『紫釉シユ』という。おまえでも、その名は聞いたことがあるだろう?」


 聞いたことはないです!と言いかけて、すぐに思い出す。

 うん、たしかに聞いたことがあるな。

 さすがの僕でも、いや、この国の民だったら、誰でもその御名は知っている。

 でも、まさか本当に、ホント?


「俺は、嘘は言っていないぞ」


「・・・・・」


 おもむろに自分の頬をつねってみる。うん、やっぱり痛いな。

 願わくば、これが夢であってほしかった。

 日中に目が覚めた状態で見る夢。たしか、白昼夢だっけ?

 いや、夢に見るのは願望だと聞いたことがあるから、全然違うか。


 そういえば、今日はこんな早起きをしてしまったから、夜食の包子は二個じゃなく三個にしてもらおう。

 せっかくだから、中に挟むおかずもいくつか……


 ハハハ……つい、現実逃避をしてしまった。

 この国で、天子様の名を口にできるのは本人のみ。

 それ以外の者は、決して口にしてはいけない。父さんや母さんから、そう教えられてきた。

 だから、つまり、そういうことだ。


「それで、おまえの返答を聞こうか」


「畏れながら、不敬を承知で申し上げます」


「フフッ、今さらだな」


 たしかに、自分でもそう思う。

 いろいろやらかしてしまったから、取り繕う必要もないのかもしれない。


「僕には、分不相応なお役目です」


「分不相応?」


「はい。ここに来て、まだひと月ほどの新人宦官ですから、宮廷のしきたりはほとんど理解していません」


 自慢じゃないけどね。


「……それで?」


「この宮廷内には、僕より優秀な人たちがたくさんいると思います」


 平民の僕ではなく、それなりの家出身の官吏さんたちがね。


「……つまり?」


「ですので、僕は謹んでお断り申し──」


「却下だ」


 ……ん?

 いま「却下だ」と言ったの?


「えっと?」


「何度も言わせるな。俺が『却下』と言えば、即却下だ!」


「そんなの、権力者の横暴だ!!」


 思わず叫んでいた。

 下っ端宦官の、しかも新入りの僕が、どうして皇帝付きの従者になるのか。

 まるで意味がわからない。

 さっき皇帝は「(俺が)許している」と不敬罪には問わないようなことを言っていた。だから、ここは遠慮なく言わせてもらう。


「僕は年季を終えるまで、内廷(後宮)で平穏に過ごしたいのです。しかし、皇帝陛下直属の従者になってしまったら外廷勤めです。宦官の僕は、嫌でも目立ちます。目立ちすぎます! だから、お断りいたします!!」


 ただでさえ髪色で目立っているのに、これ以上注目を浴びるようなことは結構です!

 言いたいことだけを告げると、辞去の挨拶もそこそこに部屋を出ていく。

 相手が皇帝だろうと何だろうと、僕の意思は変わらない!


 ───と、意気込んでいたのだけれど。



 ◇



⦅おまえ、俺の命令に逆らうとは本当にいい度胸をしている⦆


 その日の夜、見回りをしていたら、やっぱり皇帝がやって来た。

 今は耳と尻尾があるから、仔空シアさんと言うべきか。


「現皇帝が『妖狐』だなんて、全然知らなかったです」


⦅当然だ。公表していないからな⦆


「僕は国家機密を知ってしまったから、あなたの従者にされてしまうのですか?」


 国の秘密を知られたからには、生きて帰さん!的な感じ?

 口封じの代わりに宮殿内に閉じ込められて、一生使役されてしまうのだ。

 以前読んだ物語にもそんな展開があったような、なかったような。


⦅違う。おまえしか、姿俺を認識できないのだ。他の者は、一人を除いて言葉さえ交わせない」


 そっか。他の人には、仔空さんの姿は見えていないんだ。

 僕には、はっきりと見えているのにね。


⦅おまえに、俺に掛けられたこの『呪い』の原因を調べてもらいたい⦆


「呪い? では、仔空さんは呪われて、あやかしになってしまったと?」


⦅俺が『人』として活動できるのは、日の出から日没まで。それ以外は、ずっと眠り続けている⦆


「つまり、夜になると魂だけが体から抜け出て、妖狐となってしまう……」


 なるほど。

 今の仔空さんは『魂だけ』の状態。おそらく纏っている妖気も弱いのだろう。

 だから、他の人には仔空さんの姿が見えないのか。

 普通の人にあやかしが認識できない理由は、少ない妖気を感じ取れないから。

 誰にでも見えるあやかしは、妖力が強い。つまり、纏っている妖気が多いのだ。

 力の強い上位種ほど人が認識しやすいのは、このため。

 

 話を聞いて、もう一つ判明したことがある。

 現皇帝が即位後一度も後宮へ『御渡り』にならなかった理由だ。


 賢帝と言われた前皇帝が亡くなり、皇太子だった仔空さんが即位したのはついひと月前のこと。

 同時に、後宮は妃嬪などの総入れ替えが行われた。

 そのおかげで、僕もこの職に就けたのだ。

 

 妃嬪たちは皇帝の寵愛を得ようと、日々美しさを競い合っている。

 それなのに、当の本人が後宮へ全く足を向けないため、女官や宦官たちの間では様々な噂が立っていた。


『継がれたばかりで、今は職務に忙しいからだ』

『好みの妃嬪がいないからでは?』

『もしや、男色だったりして……』


 皆がいろいろな憶測を述べていたけど、僕だけは本当の理由を知ってしまった。

 ちょっと、優越感……誰かに自慢したいかも。


⦅ゴホン! おまえは、また他事を考えているだろう?⦆


「ご、ごめんなさい」


 また、怒られてしまった。

 でも、今のは完全に僕が悪い。


「しかし、なぜ僕なんですか? お抱えの道士(僧侶)様はいないのですか?」


 こういう時のために、皇帝付きの道士さんがいるはずだけど。


雲竜うんりゅうには、俺の声は聞こえるようだ。しかし高齢だからな、無理はさせられぬ。弟子たちは、俺をまったく認識できない⦆


 たしかに、姿が確認できなければ原因を探るのに支障があるもんね。


「事情は、わかりました」


⦅引き受けてくれるのか?⦆


「受ける前に、一つだけ条件を付けさせてください。この件が終わったら、またこの仕事に戻れるように手配してほしいです」


 僕はこの仕事が気に入っているから、職を変えるつもりはないのだ。


⦅わかった。約束する⦆


「では、引き受けます」


 こうして、僕はひょんなことから皇帝陛下付きの(期限付き)従者へと大出世を遂げた。

 仔空さん、改め、仔空さまは「無事に解決できたら、別途特別給金をやる」と言う。


 『特別給金』


 なんと魅力的な言葉だろう。家族に美味しいものをたくさん食べさせてあげられる。

 他にも、嫁入りが決まった姉さんの支度金とか、弟と妹へお下がりではない服とか、父さんと母さんの仕事道具を新調したりとか……

 とにかく、たくさん貰って困ることはない。

 

 これは、頑張るしかないじゃないか!

 

 俄然やる気の出た鼻息の荒い僕を、仔空さまは苦笑しながら眺めていたのだった。



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