半妖宦官は、あやかしになった主様を今日も翻弄する

gari

第1話 序 ~あやかしと出会いました


 僕は、後宮で夜間の見回りの仕事をしている。

 通常は衛兵が行っているもの。しかし、男性である彼らは後宮には入れない。

 だから、のない僕たち宦官の仕事というわけだ。


 僕はそこそこ腕は立つし、夜目もきく。どちらかと言えば、夜のほうが活動しやすかったりもする。

 その理由は簡単で、僕は人とあやかしとの間に生まれた半妖だから。



 ◇



 それは、満月の夜の出来事だった。


 皆が寝静まった夜半過ぎ。さっきまで宮の窓からうっすらと漏れていた灯りも、今はもう消えている。

 こんな月が綺麗な夜は、月明かりに誘われて彼らが出没してくることが多い。

 さっきからこの一帯を歩き回っている、あの彼のように。

 

⦅おい、そこのおまえ!⦆


 見回り中の僕に突然声をかけてきたのは、白い衣を着た若い男性のあやかし。先ほどの彼だ。

 月明かりに照らされて、その姿がよく見える。

 頭に耳が、後ろにふさふさの茶色い尻尾が見えるから、狐のあやかしだね。

 艶のある黒髪に、切れ長の瞳。薄い唇。紛れもない美丈夫だ。

 

 もし彼が『人』だったら、官女や女官たちが大騒ぎするのだろうな。

 それに比べて僕は、白髪のような髪色に濃い灰色の瞳。

 地味な顔立ちなのに、別の意味で目立っているんだよね。

 あと、僕にもあんな尻尾が付いていたら、弟や妹が喜んでくれるのに。


 ……なんて、つらつら思いながら、いつものようにあやかしの横を通り過ぎていく。


⦅コラ、俺を無視するな!! さっき、目が合ったのはわかっているぞ!⦆


「僕に、何かご用ですか?」


 叱られてしまったから、立ち止まる。

 ごめんなさい。無視したことは素直に謝ります。ついつい他事を考えてしまうのは、昔からの僕の悪い癖だ。

 でも、通りすがりのあやかしにいちいち反応していたらキリがないのも事実。

 だって、僕にはたくさん見えているから。


⦅この俺を無視するとは、いい度胸だ⦆


 この妖狐は、かなり怒っているみたい。いきなり襲いかかってきたら、どうしよう。

 僕より頭一つ分くらい背が高いから、戦うことになったらどう対処したらいいだろうか。

 体格面では圧倒的に不利だ。

 こういうときは、まずは距離をとって様子見から?

 それとも、最初から力押しで行ってみる?


 う~ん、迷うな……


⦅……おい、俺の話を聞いているのか?⦆


「すみません。聞いています」


 呆れたような視線が突き刺さってくるけど、サッと目をそらして見ないフリ。

 これは小さい頃からの僕の得意技の一つ。

 それで、用事があるのなら早く言ってください。

 これでも見回り中なので。


⦅はあ? 見回りなのに、なぜおまえ一人なのだ? 他の奴らはどうした?⦆


「あ~彼らは……」


 僕に「おまえ一人でも大丈夫だ!」と仕事を押し付けて、どこかで遊んでいます。もしかしたら、寝ているのかも。

 毎度のことなので、気にしていません。

 それに、一人のほうが都合が良かったり……これは内緒の話だけど。


⦅新入り一人にやらせているのか。けしからんやからだ⦆


「あの、僕が新入りって、どうしてわかったんですか?」


⦅俺の顔を知らない時点で、だいたい予想がつく。俺に対するその太々ふてぶてしい態度もな⦆


 この妖狐は、後宮内では有名なあやかしなのだろうか。

 だったら、新入りの僕が知らないのは仕方ないよね。

 先輩方が僕に教えてくれていたら、叱られずに済んだかもしれないのに。

 

 さらに怒られるかと思ったけど、意外にも彼は笑っている。

 とりあえず無用な争いは回避できそうで、安心した。


「では、僕はそろそろ仕事に戻りますので失礼します」


 真面目に仕事をしないと、給金がもらえないからね。

 僕は年季が明けるまでせっせと働いて、仕送りをしなきゃいけないのだから。


⦅家族を養っているのか?⦆


「これまで育ててもらった恩返しをするためです」


 実子ではない僕へ、父さんと母さんは分け隔てなく愛情を注いでくれた。

 血の繋がっていない僕を、姉や弟・妹は血を分けた兄弟のように接してくれる。

 決して裕福ではない我が家を手助けするために、僕は後宮にやって来たのだ。


⦅そのために、宦官になったのか? 大事なモノを切り落としてまで?⦆


「えっと、担当官には手術をしたと言いましたが……本当は受けていません」


⦅なに!? そんな奴が、どうしてここに入れるんだ?⦆


 問診以外にも、触診もしくは目視で確認をするだろう?と妖狐はまくし立てる。

 彼は後宮に長いこと住み着いているんだな。『人』の事情をよく知っている。


「実は、僕は半妖なのです。なぜか生まれつきアレがないので、宦官になりました」


 これは、家族だけが知る僕の秘密。

 元々あるものを切り落とすのはさすがにね……。でも、最初からないのであれば問題なし!

 父さんと母さんからは「半妖であることは、絶対に他人に話してはいけないよ!」と言われているけど、この妖狐だったらいいよね。仲間みたいなものだし。

 このことは、他言無用でお願いします。

 半妖であることが知られたら、宦官を辞めさせられちゃうから。


⦅ハッハッハ! こんな面白い奴が後宮内に居たとはな……⦆


「こんな僕でよければ、これからも仲良くしてください。では!」


 ついつい、長話をしてしまった。

 もっと怖いあやかしかと思ったけど、喋ってみると結構話しやすい。

 また、見回りのときに会えるといいな。


⦅ああ、また会おう。おまえの名と歳を教えてくれ⦆


「僕は、鼬瓏ユーロンといいます。十五歳になったばかりです」


⦅俺は、仔空シアだ。歳は二十二歳⦆


 仔空さんか。

 他人の名を覚えるのはちょっと苦手だけど、妖狐の名はしっかり覚えたぞ。

 

 お互いに名を教え合って、僕たちは別れた。

 僕はその後きっちりとお役目を果たし、明け方、自室へ戻る。

 本来であれば、下っ端宦官は大部屋だ。でも、夜勤をしている者は特別に個室を与えられている。

 睡眠不足は、仕事に支障が出てしまうからね。

 布団を一組敷いただけで足の踏み場がなくなるくらいのこじんまりとした部屋だけど、僕はとても気に入っているんだ。

 さて、朝餉あさげを食べたら、あとは寝るだけ。他にすることはない。

 

 というわけで、おやすみなさい。



 ◇◇◇



 …………なにか、外が騒々しいな。


 ドン!ドン!と、戸を叩く音が遠くで響いている。

 僕は深い眠りから目覚めた。小さい頃から寝つきは良く、一度寝てしまったらそう簡単には目を覚まさない。

 寝相の悪い弟に顔を蹴られても、一度も起きたことがないのが自慢なんだ。目を覚ましたら、鼻血で顔中血だらけだったけどね。

 

 あ~まだ、眠いな。でも、そろそろ夕餉の時間だろうか。

 今日も食堂のおばちゃんに夜食の包子パオズをお願いしておかないとね。

 見回り中にこっそり食べるのが、僕の密かな楽しみ。他の人がいたら、そんなことはできないから。

 微睡まどろみながらぼんやりしていたら、いきなり部屋の扉が蹴破られた。

 

 えっ、なんで?

 

 寝ぼけていた頭が一瞬にして覚醒した。

 部屋に入ってきたのは……誰だっけ? とにかく、僕の先輩だ。


鼬瓏ユーロン、起きろ! 着替えろ! すぐに出かけるぞ!」


「へっ? まだ、仕事をするには早いですよ?」


 小窓からは日が差している。いつもより、かなり早起きだ。

 僕は寝つきは良いが、寝起きはあまり良くないんだよね。

 

 まだまだ、十分寝られる……

 

「コラァ、また寝るなー!!」


 布団をひっくり返されてしまったら、さすがの僕でも衝撃で目を開ける。

 再びまぶたを閉じるまえに寝間着を剥ぎ取られ、強制的に着替えをさせられた。

 先輩に引きずられるように部屋を出る。


「あの、どこへ行くんですか?」


「宰相様の使いが、おまえをお呼びなんだよ」


「宰相様の使い? なんで僕を?」


「そんなこと、俺が知るか! とにかく急ぐぞ!!」


 わけもわからないまま連れてこられたのは、内廷(後宮)と外廷をつなぐ門。

 まあ、門と言っても実際は大きな建物で、中にはいくつか部屋がある。

 そこで、後宮内で働く者と面会をしたり、出入りする者を厳しく検査したりしているのだ。

 ちなみに、僕が本物の宦官であるかどうかも、ここで確認された。


 部屋の中に案内されたのは僕だけで、先輩とは扉の前でお別れ。

 名はまったく思い出せないけど、この先輩は後輩思いのとても良い人なんだ。

 世話をかけてすみませんでしたと、謝っておいた。


 部屋で僕を待っていたのは、官服を着た二人の男性。

 一人は椅子に座り目元だけが開いた頭巾を被っているから、年齢は不明。

 もう一人は立ったまま、僕へ真っすぐに視線を寄こした。

 見た感じ、父さんと同い年くらいだろうか。


「突然、呼び出してすまない。君に頼みがあって、ここまで来てもらった」


「宰相様の従者の方が、僕にどのようなご用件でしょうか?」


 宰相様に会ったことは、これまで一度もない。

 だから、頼み事の想像が全くつかないのだけれど。


「……おまえに用事があるのは、この俺だ」


 頭巾の下から、聞き覚えのある声がした。それも、昨夜聞いたばかりの。

 でも、ここに居るはずがない。

 

 だって彼は───


「ハッハッハ! 俺がここにいるのが、そんなに不思議か?」


 男性が頭巾を脱いだ。現れた顔は、紛れもなく妖狐の仔空シアさん。

 でも、耳と尻尾がない。

 どこからどう見ても、普通の『人』だ。


「耳と尻尾を探しているのか? 今は付いていないぞ」


「えっ……なんで、自分から言っちゃうかな」


 仔空さんは、僕の目線で気付いたらしい。

 他に人がいるから気を遣って口にしなかったのに、意味がないよね。


「君、少しは口を慎みたまえ!」


浩宇ハオユー、構わぬ。俺が許している」


「申し訳ございません。出過ぎた真似をいたしました」


 うん? この二人は同じ従者の立場じゃないの?

 雰囲気が主従っぽいぞ。

 それに、この人も仔空さんがあやかしだって知っているみたい。

 なんだ、焦って損した。


「頼みとは、おまえに俺付きの従者になってもらいたいのだ」


「あの……一つ訊いてもいいですか?」


「なんだ?」


「仔空さんは、外廷では具体的にどんな仕事をしている人なんですか?」


 高位官吏であることは、たぶん間違いなさそう。

 質問をしたら、隣の男性がひどく驚いた顔で僕を見た。

 えっ、その顔は呆れている?


「おまえは、何だと思う?」


「う~ん、宰相様の筆頭補佐官とか?」


 男性は、口がポカンと開いたまま動かない。

 えっ、そんなにびっくりするようなこと?

 もしかして、宰相様ご本人だったりして。

 だったら、さっきの態度を注意されるのも納得だよね。


「外れだ」


「じゃあ、宰相様ご本人ですね。大変失礼しました」


 ここは怒られるまえに、先に謝っておこう。


「宰相でもないぞ。俺は、この国の皇帝だ」



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