第4話 僕は、ご寵愛の宦官なんだってさ


 仔空シアさま付きの従者になってから、数日が経過していた。

 僕の仕事は、朝、主を起こすことから始まる。

 正確に言えば、起こす前に魂がきちんと体に戻ったかどうか、目視で確認をしているのだ。


⦅もっと正確に言えば、その前に俺がおまえを起こしていると思うが?⦆


 ……そうですね。


⦅何度呼び掛けても、全く起きないよな?⦆


 ……すみません。


⦅だから、『(俺を)起こす前に魂がきちんと体に戻ったかどうか』を目視で確認をするおまえを、俺が先に起こしているということだな⦆


 ちょっとややこしいけど、大正解!


 ……ゴホン。

 謹んで、前言を撤回します。

 

 僕は朝が弱い。

 もうすぐ日が昇るぞ!と仔空さまの声で起こされて、眠い目をこすりながら中扉で私室へと向かう。

 本体に戻ったことを確認してから、外で待機している他の従者たちを部屋の中へ入れるのだ。

 僕が従者になる前は、仔空さま自身で扉を開けていたらしい。

 

 ひとまず、朝の務めはこれで終わり。

 仔空さまはこれから身支度があるから、僕は部屋に戻ってもう一寝入り……


「朝餉を一緒に食べるぞ。おまえも、早く身支度をしてこい」


「食事より、寝たいです。一食くらい食べなくても、僕は問題ありません」


 僕には、食事より睡眠のほうがはるかに大事なのだ。


「問題大有りだ! おまえは、俺に一人で食事をしろと言うのか?」


「一人ではありません。従者の方々が大勢居ます」


 食事をこの部屋まで運んでくる人。給仕をする人。その他、諸々……

 僕一人くらい居なくても、まったく問題なし!

 

 では、そういうことなので。

 仔空さまはまだ何か言っていたけど、眠くてよく聞こえない。

 部屋に戻った僕は、寝台に寝転がる。

 あっという間に眠りについたのだった。



 ◇



 その後、僕はスッキリとした気分で目覚めた。

 では、給金に相応しい仕事をするために、いざ出発!!

 ……しようと思ったけど、その前に浩宇さんから呼び出されてしまった。


鼬瓏ユーロン君、申し訳ないが毎朝必ず仔空様と一緒に朝餉あさげを食べてもらえないだろうか?」


「どうして、ですか?」


「今朝は『眠いから』と断ったと聞いたよ。仔空様のご機嫌が悪いために従者が皆委縮してしまってね、仕事がはかどらないんだ」


「それは、僕のせいなのですか?」


 ただ単に、仔空さまの虫の居所が悪かっただけでは?


「仔空様は今朝の献立に、薬草の粥を用意させていたんだ。それなのに、君が食べてくれなかったものだから……」


「…………」


 薬草の粥は、僕が家でよく食べていたものだ。

 嵩増かさましするために、母さんは山で採ってきた食べられる草をたくさん入れていた。

 そんな粥が僕は大好きなんですよ、と会話の中で仔空さまへ話したことがある。それを覚えてくれていたのだ。


 思い返せば、あのとき仔空さまは「おまえの好きな粥だぞ」と言っていたような気もする。

 僕だって、家族に内緒で用意していたものを受け取ってもらえなかったら悲しい気持ちになるもんな。


「申し訳ありませんでした。明日からは一緒に食べます。仔空さまへは後で謝っておきます」


「そうしてもらえると、非常に助かるよ。仔空様へは、今朝は鼬瓏君の体調が悪かったと伝えておくから、話を合わせておいてほしい」


「わかりました」


 仔空さまに申し訳ないことをしてしまったし、浩宇さんにも迷惑をかけてしまった。

 これは、ぜひとも仕事で挽回しなければ。



 ◇



 僕が外廷を歩いているときだった。


「……おい、見ろよ。あれが噂の『白宦官』だぞ」


「へえ、本当に髪が白いのだな」


 仔空さまに呪いをかけている呪物の妖気を感じ取ろうと神経を集中させていたら、話し声が耳に入ってきた。

 僕から遠く離れた場所で話をしているのは二人の官吏。

 彼らは聞こえていないと思っているようだけど、神経を集中させているときの僕の目と耳は研ぎ澄まされている。

 だから、彼らの姿がしっかりと確認でき、話し声がはっきりと聞こえてしまうのだ。

 『白宦官』とは、間違いなく僕のことだよね。


「なんでも、毎晩寝所をともにしているらしい」


「なるほど。ご寵愛されているのか……」


 寵愛? 誰が?

 あと、仔空さまと同じ寝所じゃなくて、僕は隣の部屋なんですけど?

 本当に、噂って事実とは違うことが多いよね。

 

 詳しく話を聞こうとさらに耳をすませたら、もう別の話題に変わっていた。

 官女の〇〇さんが綺麗だとか、飲み屋の〇ちゃんが愛らしいとか……

 

「…………」


 気を取り直して、捜索を再開しようっと。





 

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