第5話 頭を使って、考えてみた
宮殿内を捜索する前に、僕なりに考えてみた。
呪物は、標的の身近に置くのが効果的。離れた場所では、あれほどの効果はでない。
でも、私室やその周辺にはなかった。
つまり、それ以外の仔空さまの行動範囲に置かれている可能性が高いということ。
執務室など公務で使用する場所は、すでに道士さんたちによって確認済み。
怪しい物は、そこにもなかった。
犯人はいまだ不明で、疑わしき人物を刑部が洗い出し極秘で調査をしている。
僕が一番に思い浮かんだのは、皇帝の地位をめぐる跡目争い。
仔空さまには同母の兄弟はおらず、異母兄弟がたくさんいる。
もちろん、真っ先にそこの捜査が行われたらしいけど、呪物は見つからなかった。
では、どこに置かれているのか?
そこで、僕はピンときた。
場所に置かれているのでなければ、物の中に隠されているかもしれないとひらめいたのだ。
◇
僕がやって来たのは、倉庫が立ち並ぶ一角。
ここは、礼部が管理している祭具などが収められた倉庫の一つ。
祭祀に使用する道具の中に呪物を紛れこませることができれば、公務を行う皇帝の身近に配置することが可能かもしれないと考えたのだけれど……
「倉庫の中に入る目的ですか……」
「そうだ。『いつ・誰が・何の目的』で倉庫に出入りしたのか、管理をしている」
倉庫番の担当に、当たり前のことを尋ねられてしまった。
宮殿の中は、官吏ではない僕では入れない場所が多い。
仔空さまからは、帯に付ける紫の
『紫』は、皇族を象徴する高貴な色。つまり、僕は皇帝のお墨付きだから、これを見せればどこでも通行可能というわけだ。
宮殿の最奥にある私室へ戻るときも、これを門番や護衛官へ見せて出入りしている。
彼らとはもう顔なじみになっているからいいけど、他の場所はそうではない。
倉庫の中へ入るためには、理由をきちんと答えなければならない。
でも、「呪物を探しています」と本当のことは言えないから、困ったな。
うまい言い訳が思い付かない。
う~ん、どうしよう……
「その者は、儂の手伝いをするために皇帝陛下が派遣してくれたのじゃ」
僕たちの前に現れたのは老齢の男性。
杖をついたおじいちゃんだ。
「これは、老師様」
倉庫番が、恭しく頭を下げる。
このおじいちゃんは、それなりの身分の人らしい。
「ほう、珍しいのう……おぬしは
イタチ?
僕を見つめているおじいちゃんは道士のような恰好をしているから、もしかして……
「えっと、あなたは
「
そうそう、雲竜さん。
仔空さまが言っていた、老齢の道士さん。
「おぬしは、あの方の従者となった……」
「はい。僕は
ところで、さっきの『イタチ』というのは?
「そんなの、おぬしのことに決まっておるわい。
「僕って、イタチ(の半妖)だったのですか? ずっとタヌキ(の半妖)だと思っていました」
「ワッハッハ! これは面白い奴じゃのう」
冗談ではなく真面目に答えたつもりなんだけど、雲竜さんに「名にも『鼬』が付いておるのにな」と豪快に笑われてしまった。
そうだ、これは『
僕の
「おぬしも、例の物を探しておるのじゃろう?」
「はい」
「……というわけじゃ。この者が儂に代わって倉庫内で探しものをする。すべての倉庫の鍵を開けてもらいたい」
「かしこまりました」
雲竜さんのおかげで、話がすんなり通って助かった。
僕が倉庫内を捜索しているあいだ、雲竜さんは倉庫番が用意してくれた椅子に座って待っていた。
◇
すべての倉庫を調べ終えた結果、ここにも呪物はなかった。
あと、考えられるのは、どこだろう?
「屋内は、今後も儂と弟子たちで捜索していく。おぬしは屋外を頼む」
「わかりました」
良かった!と、思わずにんまりしてしまう。
外廷を歩いていて、官吏や官女たちからジロジロ見られるのは、もう慣れた。
『白宦官』なんて言われているくらいだし、今さらだ。
それよりも、捜索のために各担当者と交渉をするほうが僕には大変。
雲竜さんにも「おぬしも、そのほうが良いじゃろう?」と言われた。
はい、ありがとうございます!
「老師様! こちらでしたか」
数名の道士さんたちがやって来た。雲竜さんのお弟子さんだろう。
じゃあ、僕はもう行きますね。
捜索を続けて、給金に相応しい働きをしなければならないので。
「コラ、そこの宦官。ちょっと待て」
一人の道士さんに、声をかけられてしまった。
体の大きい、厳つい顔をした若い男性だ。
「なんでしょうか?」
僕はこう見えて忙しいので、話は手短にお願いします。
「偉大なる老師様を差し置いて皇帝陛下の勅命を賜っている宦官というのは、おまえのことか?」
たぶん、それは僕のことですね。他に宦官はいないので。
「実力もないくせに、ただご寵愛を受けているだけの宦官風情が……」
ギリギリと歯嚙みする音まで聞こえてくる。
他の道士さんたちからも、鋭い目つきで睨まれてしまった。
「
「しかし、老師様!」
「我々だけでは力が及ばぬことは、紛れもない事実じゃ」
弟子がすまぬ、と雲竜さんから頭を下げられてしまった。
「僕は気にしていませんので、お気遣いなく」
いちいち気にしていたら、外廷では働けないからね。
それに、陰でコソコソ言われるより、いっそ清々しいかも。
僕はしっかり務めを果たして、堂々と特別給金を貰うんだ。
「ワッハッハ! おぬしは本当に面白い奴じゃ。あの方が気に入られるのも、わかるわい」
上機嫌で雲竜さんは去っていく。
お弟子さんたちは、渋々といった感じで後をついていった。
◇
結局この日は、怪しい物は何も見つからなかった。
日が暮れる前に私室へ戻ると、まずは仔空さまへ今朝のことを謝った。
明日からは、毎朝一緒に食べますので。
「俺も……悪かったな」
「えっ?」
「体調が優れなかったのだろう? 浩宇から『ずっと夜警に就いていた
「眠かったのは事実ですが……」
……でも、体調不良ではない。チクッと胸が痛んだ。
こんないい加減な僕を、半妖の下っ端宦官の僕を、仔空さまは家族のように気遣ってくれる。
嬉しいと思う気持ちと、申し訳ない気持ちで心の中はいっぱいだ。
「慣れないことに負担をかけるが、これからもよろしく頼む」
「かしこまりました」
もっともっと、頑張ろう。
優しい主へ、平穏な日常を早く取り戻してあげたい。
僕は、気持ちを新たにしたのだった。
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